アノニマスに影響を与え、個人主義のシンボルとなった作品――V フォー・ヴェンデッタAFP / アフロ

一見、荒唐無稽な空想世界を語っているようでいて、実は現実を理解するための新たな視点と示唆を与えてくれるのが、SFの大きな魅力だ。『SF思考』の編著者である宮本道人氏が、ビジネスパーソンにお薦めのSF作品をさまざまな角度から紹介していく本シリーズ。今回はロシアのウクライナ侵攻に伴って注目を集めている「アノニマス」に大きな影響を与えたSFであり、複雑な国際情勢を理解する補助線にもなる作品を取り上げる。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

アノニマスに大きな影響を与えた作品

 筆者は最近、知り合いと話していて「アノニマスって、結局どういう集団?」という話になる場面に何度か遭遇した。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって間もなく、アノニマス(匿名)を名乗る集団がロシアの国営放送をジャックしたことが世界的なニュースになったからだ。彼らはウクライナの戦闘風景を勝手に流し、ロシア国民に向けて「最も平和的に紛争を終わらせる方法は、ロシアの人々がプーチンを権力の座から引きずり下ろすこと」「私たちはあなた方を支援する」といったメッセージを語る動画を配信。日本を含む世界中から称賛の声が上がった。

 今回に限らず、アノニマスはこの十数年、断続的にニュースに登場してきた。ビジネスパーソンにとっては「世界中の企業や団体にいきなりサイバー攻撃を仕掛ける謎の集団」というイメージが強いのではないだろうか。実際、ニュースでは「国際ハッカー集団」と紹介されることが多いし、日本企業や行政組織も被害を受けている。しかし「サイバー犯罪を首謀するハッカーたち」と認識するだけでは、その行動原理は見えてこない。

 その理解のために、ぜひ見てほしいのが、この「元ネタ」ともいえる2006年公開の映画『V フォー・ヴェンデッタ』(およびその原作となっている同名コミック)だ。筆者がウクライナ侵攻のニュースに触れたとき、真っ先に思い出したのもこの作品である。製作・脚本は『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟(現在はウォシャウスキー姉妹)。仮面の怪人「V」の活躍を描く一種のヒーローSFで、主演のヒューゴ・ウィーヴィングが終始マスク姿のままで素顔を見せないことや、ヒロインのナタリー・ポートマンが作中で丸刈りになったことでも話題になった。