紛争の現実をえぐる『ウォッチメン』
『V フォー・ヴェンデッタ』と同じアラン・ムーア原作で、ほぼ同時期に出版されたコミックに『ウォッチメン』がある(09年にザック・スナイダー監督で映画化)。SF文学賞の最高峰とされるヒューゴー賞を、コミックとして最初に受賞した傑作だ。内容を簡単に要約するのは難しいが、現実の米国史を下敷きにしつつ「もし、現実世界にヒーローがいたら歴史はどう変わるか」という思考実験を壮大に繰り広げたパラレルワールドものである。
物語の中のヒーローたちは平和のために活躍するのだが、単純な正義の味方ではない。むしろ、ヒーローとしての力を持つが故に、悪にも容易に反転し得る存在として描かれるのだ。そして人間は、「平和」という大義名分のためなら殺りくもやむなし、という恐ろしい結論すら導き出すことが示唆される。世界各地で今も発生し続けている紛争の現実をえぐる生々しい内容であり、「単なるフィクション」と切り捨てられない重い問題提起といえる。
これらの作品が生まれた80年代は、米ソ冷戦の真っただ中。いずれの作品の世界観にも、核戦争が秒読みといわれた時代背景が色濃く反映されている。89年生まれの筆者が、まだ生まれていない時代の手触りをリアリティーとともに感じられるのも、こうした良質のSFがあればこそだ。
日本は基本的に政情が安定しているし、島国という地理的な条件も手伝って国際情勢への興味が薄いビジネスパーソンは少なくない。しかし、世界中がネットワークでつながり合った現代社会で、世界情勢と無関係な個人などいない。そして、SFは複雑な国際問題を自分ごととして理解するための絶好の補助線になる。ニュースから得られるファクトに、フィクションという軸を掛け合わせることで、世界のつながりや歴史の動きへの理解が一気に立体的になるからだ。
自分が関わるビジネスの未来を、自分なりの視点で先読みするために。組織最適ではなく、個人最適の未来を構想するために――。SFに触れるビジネスパーソンがもっと増えることを筆者は願う。