「具体的経験」から始まる「経験学習」のステップ

 第1ステップである「具体的経験」において、ヒトは出来事や事象に関わり、その状況を感覚的に捉える。思考することや理論化することよりも、現実を客観的に事実のまま受け止めることが重視される。第2ステップの「内省的観察」において、ヒトは状況を観察することで、状況を意味づける。つまり、何が事実で、物事がどのように生じたかを理解することが、この段階の焦点となる。第3ステップである「抽象的概念化」によって、ヒトは論理的な思考を通して、状況やアイデアを分析することにより、自分なりの教訓を導く。第4ステップの「積極的実験」では、ヒトは経験から引き出された教訓を新しい状況に適用することで、積極的に状況を変化させ、物事を成し遂げる。すなわち、具体的な経験の後、その経験を内省することにより、教訓を作り出し、それを新たな仕事で活用するとき、ヒトは適切な形で経験から学んでいるといえる。

 一見すると、シンプルなサイクルであり、私が講師として登壇した研修の受講者からは「そんな簡単なこと、いつもやっていますよ」という声が飛んできたこともある。しかし、北海道大学大学院経済学研究院の松尾睦先生によると、経験学習を回すには3つの壁があるという。

 1つ目の壁が、「内省の壁」である。ひとつの仕事が終わったら、一度立ち止まって仕事経験を深く振り返ることが経験学習には必要だが、日々業務に追い立てられるビジネスパーソンには振り返りの時間を取ることすら難しい場合がある。本来なら、振り返りを習慣化することが重要だが、それもままならない。

 2つ目の壁は、「教訓の壁」である。教訓を作るためには複数の経験から共通点を見出す帰納的思考と、自分の経験を上司からの薫陶や書籍などで学んだ理論と結びつける演繹的思考が必要となる。その上で教訓の再現性をもたせるために、簡潔なフレーズやキーワードにまとめる言語能力が求められる。つまり、教訓化には、それなりの思考能力が求められるのだ。

 3つ目である最後の壁は、「応用の壁」である。いつどんな仕事に適用するかについてを、教訓を作った時点で決めておかないと、教訓の存在自体を忘れ去ってしまう場合がある。教訓を作っても、それに基づいた行動ができなければ意味がないのだ。そして、経験学習を回して成長するためには、作った教訓を様々な仕事に適用する必要がある。様々な仕事に適用することで教訓の適用範囲を増やし、教訓を筋肉化することが重要となる。そうすると、できる仕事の範囲が広がり、自信がつき、最終的には主体的・能動的な行動につながってくる。

 また、経験学習はただ漫然と回していれば成長できるわけではない。松尾先生は、経験から学ぶ力として、「ストレッチ」「リフレクション」「エンジョイメント」が経験からの学習を促進させることを報告している。「ストレッチ」とは、現有能力でできる仕事ではなく、少し背伸びすればできそうな仕事にチャレンジすることである。既に自分の力でできることで経験学習を回してもそこから学ぶことは少ない。この時、他者に承認されたいという気持ちが強すぎると失敗を恐れて挑戦的な仕事を避けたくなる可能性がある。失敗をする可能性があっても、その経験が自らの成長につながるのなら喜んでやるという考え方を持つヒトは、経験から学び成長する確率が高い。