ダイバーシティ&インクルージョンの社会をめざして
私は、神戸大学全体がダイバーシティ&インクルージョンの社会を推進する組織になったら誇らしいと思う。そして、神戸大学附属特別支援学校の先生たちが実践している寄り添いと「橋渡し」の経験は、神戸大学がそのような組織として発展するうえで、重要な役割を果たしえると思う。
神戸大学には、大学の中にいても孤立を感じている人たちがいる。障がいのある学生、障がい者雇用で働く人たち、LGBTの学生や外国人学生などは、特に孤立を感じやすい状況に置かれているといっていいだろう。そうした人たちへの寄り添いや「橋渡し」は、ダイバーシティ&インクルージョンの社会にふさわしい組織にとって必須である。
実際に、神戸大学附属特別支援学校は、神戸大学の障がいのある学生や障がい者雇用で働く人たちへの寄り添いや「橋渡し」への貢献に着手している。また、誰も取り残さない組織文化をつくるために、教員たちが「インクルーシヴ社会論」という大学の授業を担当する計画も進んでいる。誰も取り残さない組織文化の中で育った学生たちは、他者に寄り添い、「橋渡し」の実践力を身に付けるはずであり、卒業後もダイバーシティ&インクルージョンの社会にふさわしいふるまいをするに違いない。小山さんは、授業を通して学生たちに語りかけたいことについて、次のように話す。
「学生さんたちには、違和感を大切にすることの大切さを理解してほしいと思います。何かを変えることができるとしたら、違和感からスタートするんじゃないかしら。『社会に出てからも、違和感をバネに学んでいってほしい』というメッセージを伝えたいと思います」
こうして、神戸大学附属特別支援学校は、ダイバーシティ&インクルージョンの社会を推進する組織として発展する神戸大学全体の取り組みに貢献し、それを通して社会を変える役割を果たそうとしている。
1994年に「インクルーシヴ教育」を提案したユネスコの文書には、次のように書かれている。
「インクルージョンをめざす通常の学校は、差別的態度とたたかい、あたたかいコミュニティを創造し、インクルーシヴな社会と万人のための教育を打ち立てる最も効果的な方法である」(サラマンカ宣言)
神戸大学は、「差別的態度とたたかい、あたたかいコミュニティを創造」する組織となる潜在力をもっていると思う。また同様に、社会の中のあらゆる企業もそうした努力の当事者になる潜在力をもっているはずだ。
第1に、多くの企業は、さまざまな形の生きづらさを抱えながら仕事をしている人たちに活躍の機会を提供してきている。企業、とりわけ人事担当者は、企業の中で持ち前を発揮できない従業員に寄り添うことが求められ、そのノウハウも蓄積されてきたはずだ。そうした従業員のフォローは、これからさらに企業経営上の課題となっていくだろう。働く人たちへの寄り添いと「橋渡し」の努力が、ダイバーシティ&インクルージョンの社会にふさわしい、誰も取り残さない組織文化をつくっていくのだと思う。
第2に、ダイバーシティ&インクルージョンの社会では、障がい者や外国人、LGBTなど、通常の社会との間に溝を感じている人たちと、顧客やステークホルダーの関わりが増えていくに違いない。そうした外部の組織や個人との関わりにおいても、企業は、今後さらに寄り添いと「橋渡し」を求められていくだろう。企業内部でつくられた誰も取り残されない組織文化の中で育った企業人たちは、企業の外の社会に対してもダイバーシティ&インクルージョンの社会を発展させる力となるに違いないのだ。
まずは、企業における組織全体が「橋渡し」の精神をもつことが大切だと思う。「橋渡し」とは、人と人との間にある溝の上に立つことをいう。そのためには、どちらの側の言い分も理解していないといけない。「橋渡し」をするためには、自分が誰なのかということを意識し、自分自身の差別的態度や先入観とたたかいながら、他者の世界に入り込むことが必要だ。それゆえ、「橋渡し」は、組織のアイデンティティや社会的役割を省察する機会にもなりえるのだ。
そうした精神を企業組織の中に育てることが、ダイバーシティ&インクルージョンの社会に至る近道なのだと思う。
挿画/ソノダナオミ