報酬とは「成果給」ではなく「期待給」

 オープンでフラットな人事や評価の制度を導入すると同時に、中野さんが進めているのは「優秀な人材確保」のための施策だ。観光業界は恒常的な人材不足に加え、この2年ほどのコロナ禍の影響で深刻な人材流出に悩まされている。中野さんは大胆な報酬引き上げを発表した。

中野 2022年4月期から、全スタッフを対象に、個人年俸を5〜20%引き上げ、上限を3000万円まで引き上げました。

 この金額には結構驚かれるのですが、給料を上げなければ優秀な人材は来てくれません。外国人も積極的に採用します。これからのサービス業は従業員の30%は外国人であるべきだと考えているからです。しかしながら、熱海に居住する外国人はそれほど多くないので、首都圏から呼び寄せる必要がある。ということで、新幹線の通勤交通費を全額支給する制度も導入しました。新幹線を使えば品川から30分ほどの距離ですから、転居の必要もなくなり、ここで働く選択のハードルは下がるでしょう。

「報酬は、成果給ではなく“期待給”」、稀代の経営者が掲げる異色の人事改革「7つの施策」

 年俸の大幅引き上げ、外国人3割採用、新幹線代全額支給。“大盤振る舞い”にも見える3つの施策。100億円超の負債を抱えた状態で引き受けた会社で、ここまでの施策を打とうと決めた背景には、独自の組織観がある。

中野 これは投資です。すでに重い病を抱えている会社を生き返らせるための大手術なんです。出血を伴い、下手な麻酔を打てば死ぬリスクだってあります。でも、やらなければ命はない。「業績がいいから、報酬を出す」のではなく、「報酬を出すから、業績がよくなる」のです。この順番を間違えてはいけない。まず優秀な人材を呼び込む。そして、期待をかける。すると自ずと結果は出るものです。

 中野さんは「成果給」ではなく「期待給」として報酬を捉える。給料は成果ではなく、期待を反映した金額だという意味だ。

中野 成果の大部分は運なんですよ。8割以上は“時の運”です。だから、評価されなくてもがっかりする必要はない。逆に一人で成し遂げられることはない。僕だって、周りに助けてもらわなければ何もできません。

 つまり、助け合い、力を出し合うことで、組織は強くなれる。上司が部下に、部下が上司に、同僚が同僚に、期待をかけ合うコミュニケーションを日頃からどれだけできるかどうか。報酬は、会社からの「期待」のメッセージであり、それを社員全員に投げかけることが重要だと考えました。

 加えて、6つ目の施策として中野さんが導入しようとしているのが、「雇用契約」のルール変更だ。社員の雇用契約を「1年契約」「5年契約」「70歳(75歳)定年」の3パターンに分け、職種ごとに使い分けるという。

中野 職種に応じて、力を発揮しやすい契約形態にしたい。1年ごとに契約更新するのは、アイディアを生んで形にするクリエイター系の職種です。ただし、マネジャーは5年契約を原則にしてもらいます。なぜなら、マネジメントを短期視点でやるのは危険ですからね。

 70代まで長く働いてもらう定年ルールで契約するのは、“経験”がものをいう仕事。例えば、ACAOの大切な資産であるバラ園できれいなバラを栽培する専門職などです。経験の蓄積が能力に直結する職種は、長期雇用を前提にじっくり腰を据えて働いていただきたい。

 従来の日本企業は、誰でも一律の働き方を強いていました。しかしながら本来は、職種によって最適な雇用形態は異なるはずです。その仕事にとってどんな時間軸で働くのがベストなのか。柔軟に考えていこうと計画を具体化しているところです。