過去にとらわれず、明日を不安に思わず、ただ“今”に集中する

 就任直後の新たな人事制度導入に込めた、トップメッセージとはなんだったのか。

中野 過去の実績や今の役職、等級、年齢は一切関係ない。ゼロにリセットして、みんな一斉に再スタートを切るよ、というメッセージです。どんな人にもピンチは来るし、チャンスは来る。それも全部、自分次第で選んで行動できるのだということを示したかったのです。

 結果として「ついていけない」と会社を去る人も出てくるかもしれませんが、一つの会社にしがみつくことが幸せだとは思いません。人と人との相性と同じで、会社と人の関係も常に変化するもの。大胆な事業転換にも耐えられるタフな組織づくりを進めるために、年功序列ではない完全実力主義を明確に謳うことが重要だと考えました。

 施策の2つ目は「360度出来事評価」。これは寺田倉庫でもやってきた独自の評価制度です。

 上司も部下も、社員同士がお互いの行動を評価できるカードを持ち、賞賛を伝えたいときには「サンクスカード」を、反省を促したいときには「ドクロカード」を渡す。寺田倉庫時代には「金・銀・銅・ドクロ」の4種のコインで、色に応じて報酬の増減が決まるルールだった。

中野 金のコインを1枚もらうと5万円、銀で1万円、銅で5000円、ボーナスに加算されるルールでやっていました。ドクロコインを受け取るとマイナス5000円ですが、ドクロを10枚もらったとしても金1枚でペイできる。金額の設定が重要です。入社2年目でも200万円分くらい集めている社員もいて、組織が活性化されたという成功体験があります。

 ACAOでも同じ制度を導入したのですが、付与される金額はまだ少ない。いずれは変えていきます。やはり評価するときには思い切り褒めることが大事で、お金も伴わないといけない。逆に悪いことをしたときには、明確に給料から減額する。しかも、これを上司から部下への一方通行の評価ではなく、誰でも誰に対してもカードを渡せる360度評価にするのがポイントです。

 そして、誰がどのくらいカードをもらったかも全部公表します。公表することで、「この組織では、どういう行動が評価されるのか」が感じ取れるようになります。

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 では、中野さんがサンクスカードをあげたくなる人はどんな人なのか。直近の例を聞いた。

中野 つい昨日渡したのは、新たにヘリコプター周遊付きの宿泊プランを企画したチームメンバーです。「1泊2食付き1万5000円」のホテル業から、高付加価値のリゾート業へ転換するには、「ここでしか味わえない価値」を最大化して適正価格で売り出す発想が求められます。ACAOがもともと保有するヘリポートを生かして、熱海の上空をヘリコプターで回って富士山を空から鑑賞し、記念写真を撮るオプションをつけて35万円のプランを考案して実現したメンバーがいたんですね。僕は素晴らしいと感動して、サンクスカードを束にしてホチキスで留めて渡しました。最初に提案した人、そのアイディアを実現するために社内調整した人、ヘリコプターを飛ばすための環境を整えた人、地域や役所に許可を取りに行った人。関わったメンバー4人にあげました。

 その中の一人は、昔は要職についていたのですが、長年働く中で紆余曲折あり、今は敷地内のガーデンで土を管理する仕事をしている人です。そんな人が、前向きに挑戦しようとしてくれていることが、僕はとても嬉しかった。過去にとらわれず、明日を不安に思わず、ただ“今”に集中する。そんな姿勢を僕は心から応援したいと思っています。