稲盛和夫は出家、松下幸之助は僧侶と同居…「経営の神様」が神仏を信じた納得の理由Photo:Bloomberg/gettyimages

京都先端科学大学教授/一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が、このたび『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。日本企業が自社の強みを「再編集」し、22世紀まで必要とされる企業に「進化」する方法を説いた渾身の書である。本連載では、その内容を一部抜粋・編集してお届けする。今回のテーマは「信じる」。「経営の神様」と称された松下幸之助翁や稲盛和夫翁は「信じる心」を重んじていたが、その対象には神仏などの目に見えない存在も含まれる。経営者として「目に見える成果」が求められる中で、なぜ彼らは目に見えないものを信じ、祈ったのか。名和教授が独自の視点で読み解いていく。

松下幸之助翁が信じた
「4つのこと」とは?

 歴代の日本の経営者の多くは、「信じる」ことを経営の根幹に置く。その代表例は、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助翁である。

 幸之助翁の語録をひも解くと、「信じる」という言葉が頻繁に出てくる。では何を信じるのか。大きく4つに括り出すことができる。

 第一に、自分自身。「自分は運が強い」と信じることだという。

 松下氏は、地主の家に生まれたものの没落し、小学校も中退。丁稚奉公時代には、船から落ちて溺れ死にしそうになったり、車に衝突して線路上に倒れ、電車にひかれそうになっている。20歳の頃には結核にかかったものの、食べるために血を吐きながら働いた。

 どう見ても、運が強い人だったとは思えない。しかし、過去を振り返って、次のように語っている(※注1)。

(自分は運が強いと)信じることができれば、心の中に非常に強い支えができてくる。仕事の上でも何でも、何か困難な問題に直面しても、自分は運が強いのだから、これは何とか乗り切れるだろう、さらによい状態を生み出すことができるだろうというような信念というか、自信というか、強い考え方が生まれてきたのである。そして、そうしたものがあったおかげで、さまざまな困難にも心乱すことなく、勇気がくじけることもなく、何とか今日まで歩んでこられたわけである。
稲盛和夫は出家、松下幸之助は僧侶と同居…「経営の神様」が神仏を信じた納得の理由PHOTO (C) MOTOKAZU SATO
京都先端科学大学 教授|一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司 氏

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授。ファーストリテイリング、味の素、デンソー、SOMPOホールディングスなどの社外取締役、および朝日新聞社の社外監査役を歴任。企業および経営者のシニアアドバイザーも務める。 2025年2月に『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。

 第二に、社員。人を育てるためには、まずその人の可能性を信じることから始めなければならない。

 幸之助翁は、できる限り従業員を信頼し、思い切って仕事を任せることをモットーとした。たとえば20歳を過ぎたばかりの若い社員に、新たに設ける金沢の出張所開設の仕事を任せたり、これはと思う人に製品の開発を任せたりした、と振り返る。そして、それらの人たちはおおむね期待以上の成果を上げてくれたと語る(※注2)。

大切なのは、やはりまず信頼するということ。信頼することによってだまされるとか、それで損をするということも、ときにはあるかもしれません。かりにそういうことがあったとしても、信頼してだまされるのならば自分としてはそれでも本望だ、というくらいに徹底できれば、案外人はだまさないものだと思います。自分を信じてくれる人をだますということは、人間の良心がそうは許さないのでしょう。

「人間というものは信頼に値するもの」、そういってよいのではないかと思うのです。

 第三に、世間。幸之助翁の語録の中に、「世間は正しい」というものがある。それを「世間は神のごときもの」と表現する(※注3)。

事業が大きくなってくると、仕事もだんだんと複雑になって、そこにいろいろな問題が起こってくる。私は、この問題をどう考え、どう解決すべきかと日々の必要に迫られて、その解決策の根本を求めていくうちに、「世間は神のごときもの、自分のしたことが当を得ていると、世間は必ずこれを受け入れてくれるにちがいない」という考えに行きついた。

正しい仕事をしていれば悩みは起こらない。悩みがあれば自分のやり方を変えればよい。世間の見方は正しい、だからこの正しい世間とともに、懸命に仕事をしていこう……こう考えているのである。

 世間は、時に間違うこともある。しかし、長い目で見ると正しい判断を示すはずだ。だから、経営の判断軸もそこに置くことが大切だという。独善を戒め、「素直な心」を基軸に置く幸之助翁ならではの信念である。