最近、「ゲーム理論」という言葉をよく耳にしないだろうか。ゲーム理論とは、「複数の意思決定主体の行動を分析する学問」である。相手の行動が自分の行動に影響を及ぼすのみならず、自分の行動も相手の行動に影響を与える、という面白さがある。ゲーム理論の応用先は、経済学やビジネスにとどまらず、社会問題や政治、さらには小学校の学級会や日常の人間関係に至るまで、幅広い。ゲーム理論の専門家であり、カリフォルニア大学バークレー校および東京大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏に、ゲーム理論のビジネスや日常における使い方、そして理論のエッセンスについて、聞いた。

【東大グローバルフェローが教える】小学生から役に立つ、Googleも使っている経済学の「すごい理論」とは?Photo: Adobe Stock

「ゲーム理論」とは?

――ゲーム理論は、「複数の意思決定主体の行動を分析する学問」ということですが、「自分の行動も相手の行動に影響を与える」とは、具体的にどのような状況でしょうか?

鎌田雄一郎(以下、鎌田):たとえば商店街に出店した新しいケーキ屋さんが商品の値段を決める時、どのように値段を決定するでしょうか。「今これくらいの値段でこれくらいの年齢の人が買っているからこの値段にしましょう」とだけ考えて値段を決めてしまうことがあるかもしれません。

 こういう時、値段を変更したら人々の行動が変わるかもしれない、たとえば他のケーキ屋が似た商品につける値段も変わるかもしれないという点は、案外忘れがちなものです。

 自分以外の他人を「いつも同じことをするただの機械」のように考えて、「相手の今やっていること」だけに基づいて自分にとって一番いい方法を考えて意思決定してしまうんですね。

ゲーム理論はこんなふうに役に立つ

――なるほど。話を伺うと当然のことのように思えますが、気をつけないと忘れてしまう視点ですね。

鎌田:「自分のしたこと」で、他の人の行動が変わるという状況はビジネスの場だけでなく、みなさん、子どもの頃から実はたくさん経験してきているはずです。

 たとえば学級会で、クラスでの決め事をした経験は、多くの人が持っているのではないでしょうか。その時、どんなふうに決めていましたか? 多数決? 早い者勝ち?

 あるクラスで、学園祭の出し物について決める際に、賛成か反対かを「順番に」言っていくという方法を取ったとします。

 前の人が「反対」と言っていたら、ちょっとくらい「賛成」と思っている程度なら「賛成」と言いにくい。それが続いていった結果、実は「賛成でもいいかな」と思っている人が多かったとしても、全体として「反対」となってしまう、ということはありうるわけです。

 これは、「自分が賛成するか反対するかによって、相手、この場合後続で意見を発表するクラスメートのすることも変わるかもしれない」決め方をしていた、ということです。

 このように、どういうルールを選択するかによって、自分の意思決定と他の人の意思決定が変わる場面を考えるときに、ゲーム理論は役立ちます。

論理的・数学的に考える

――では、そのような状況をゲーム理論ではどのように分析するのでしょうか?

鎌田:ゲーム理論では、このような複数の人が関わる問題をすべて論理・数学で考えます。

 あなたが、友だちと喧嘩をしてしまって、相手に謝ろうかどうしようか迷っているとしましょう。その時あなたはまず、相手はどうするだろうか、自分に謝ろうとしているか、と考えるかもしれません。

 でもそれだけではなくて、その相手も、あなたが何をするだろうと考える。さらにあなたは、相手があなたが何をするだろうと考えていると考える……。

 こうやって文章で書いていくと、どんどんややこしくなっていきます。だから、数学でバシッと書いてしまおう、というのが、ゲーム理論なんですね。

 ちなみに、この問題において起きることは数式で書いてみると、実は1行で表せます(参考画像1で鎌田氏が指している数式、及び参考画像2を参照)。

【東大グローバルフェローが教える】小学生から役に立つ、Googleも使っている経済学の「すごい理論」とは?参考画像1
【東大グローバルフェローが教える】小学生から役に立つ、Googleも使っている経済学の「すごい理論」とは?参考画像2

保育園の入園問題でも役に立つ

 近年では、保育園入園の決定や研修医配属制度などの、誰がどこにいくかを決めるマッチング問題、他にも古くて有名なところではオークションなどの分析にも、ゲーム理論は使われています。

 保育園や研修医制度であれば、保護者側も保育園側も、研修医側も病院側も、それぞれに希望するもの同士がマッチするような方法を、ゲーム理論は提案できます。

 オークションには、紙に一斉に入札額を書いて値段が高い人が商品を手に入れられるという方法もあれば、希望金額を言い合っていって競り上げる方法、値段をどんどん下げていって、最初に手を挙げた人が商品を手に入れられるという方法など、様々な方法があります。

 その中で最も儲かるのはどれかというのを、ゲーム理論を使って予測できるんですね。

【東大グローバルフェローが教える】小学生から役に立つ、Googleも使っている経済学の「すごい理論」とは?
鎌田雄一郎(かまだ・ゆういちろう)
1985年神奈川県生まれ。2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。2021年1月より東京大学経済学研究科Global Fellow。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)。新刊に『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(河出書房新社)がある。

――なぜこれらの問題の分析にゲーム理論が使われるのでしょうか?

鎌田:たとえば保育園入園の問題では、各家庭が希望する保育園の順位表を自治体に提出して、それ(と、自治体から各家庭に割り振られた点数)を元に入園先が決まります。

 もし各家庭が「本当は保育園Aに入れたいけれど、保育園Aは人気だから他の多くの家庭が第一希望に書くだろう。

 だからもし保育園Aを第一希望に書いてしまうと落とされて、第二希望の保育園Bにも入れられなくなってしまう可能性が高い。

 それならば保育園Aは諦めて保育園Bを第一希望に書こう」などと考えて希望順位表を出してしまうと、提出された希望順位表が各家庭の真の希望を反映していないことになってしまいます。

 そのような偽りの希望順位表を元にいくら「うまい」入園先を編み出しても、皆は幸せになれません。

 ではどのようにしたら各家庭がこのように考えることがなく真の第一希望を安心して第一希望として希望順位表に書けるような仕組みを作れるか、というところでゲーム理論が役立ちます。

「保育園Aは人気だから他の多くの家庭が第一希望にするだろう」というのは、まさに各家庭が他の家庭の気持ちや行動を考えているという状況だからです。

Googleも利用する理論

――オークションではどのように使われているのですか?

鎌田:オークションでは、各入札者は、他の入札者がどのような入札額を紙に書くか考えながら自身の入札額を決めます。

 そしてその「他の入札者」というのは、まさに自分の入札額に関して予想を立てながら入札額を決めます。

 このようにお互いがお互いの行動(入札額をいくらにするか)を読み合いながら行動を決めているので、ゲーム理論が分析道具としてもってこいなのです。

 ゲーム理論を使って入札者の行動を分析し、どのようなルールのオークションをすれば収益を最大化できるか、わかります。

 たとえば、Googleは広告を出したい企業に広告スロットをオークションを使って売っています。

 実際にGoogleが使っているオークション方式は少し複雑なのですが、この複雑なやり方が実際に収入を最大化しているのかなどが、オークション理論で分析できます。

【東大グローバルフェローが教える】小学生から役に立つ、Googleも使っている経済学の「すごい理論」とは?鎌田氏の新刊『雷神と心が読めるヘンなタネ』も好評発売中。

ノーベル経済学賞を受賞

 他にも、アメリカのeBayという日本でいう「ヤフオク」のようなサイトの会社では、多くの経済学者を雇って、サイト内で日々行われるオークションの分析をしています。

 また、2020年のノーベル経済学賞は、「複数のものを同時にオークションにかける」という複雑な状況を分析した貢献に与えられています。

 この分析は、電波周波数帯のライセンスを売り買いするオークションに実際に活用されています。

ゲーム理論は天才科学者が生み出した

――ゲーム理論はどのような学問で、どのような面白さがあるのか、改めて教えてください。

鎌田:ゲーム理論は、数学者フォン・ノイマンが1928年に書いた数学の論文が基礎となっています。

 その論文を発展させる形でゲーム理論を経済学と結びつけたのが、ノイマンが1944年に経済学者のモルゲンシュテルンと共に書いた論文であり、それ以降、ゲーム理論は経済学にも使えるものと考えられるようになっていきました。

 結果的に今、経済学の重要な一分野と位置づけられています。

 ちなみにこのフォン・ノイマンという人物は数学や計算機科学などの多分野で功績がある天才科学者で、現代型コンピュータの開発に大きな役割を果たしました。

 また、第二次界大戦においては核兵器の開発にも関わり、結局その時に浴びた放射線で癌になって死んでしまいます。

 さて、もともと算数や数学が好きな人には、ゲーム理論の研究というのは、面白い問題を自分で作って自分で解くのと似ているので楽しいでしょう。

 反対に、算数や数学に面白みを感じられない人に、このゲーム理論が社会の仕組みと関わっていることを知ってもらうと、算数や数学が気になり始めるかもしれません。

 詳しくは、小学生向けには『雷神と心が読めるヘンなタネ』、高校生からビジネスパーソン向けには『16歳からのはじめてのゲーム理論』という本の中でも紹介しています。

 これらの本を読んで、あまり知られていない学問を知って、今まで見ていた世界も変わるような経験をしてもらえたら嬉しいです。