「はいチーズ」が恥ずかしい理由
1人で道化を演じる公開処刑

「はいチーズ」の由来は、英語の「say cheese」をそのまま模したものだといわれている。

「say cheese」は直訳すると「チーズと言え」であり、脅迫的な言動であるが、英語は非常にフレキシブルな言語で、発声するニュアンスや文脈で意味を七色に変えることができるから、楽しげに「say cheese」と言えば「チーズって言ってね」という意味で伝わる。だから「say cheese」の日本語訳として生まれたのが「はいチーズ」だった。

「チーズ」と言う時、口角が上がって笑顔っぽく見えるため、「皆さん、今から写真を撮影するので、極上の笑顔をおひとつ、お願いいたします」という含意が、「はいチーズ」にはある。

 写真撮影時の掛け声として代表的なものは、他に「1+1は?」「にー!」がある。個性派カメラマンは母音の「イ」を引き出すためのオリジナルのコール&レスポンスをひそかに用意していて、集合写真を撮る際に突然「ショッカーの掛け声はー?」などと聞いて(※正解は「イーッ!」)、群衆を戸惑わせざわつかせる光景が、かつてはあった。

 さて、その「はいチーズ」であるが、前述の通り筆者は妙に恥ずかしくて使ってこなかった。

 しかし、同じように感じていたのは筆者だけではなかったらしい。改めて探ってみると各所で「『はいチーズ』は恥ずかしい」という声を実によく耳にする。しかし、いくつかのアンケート結果を参照したところ、写真撮影時に使われる掛け声として「はいチーズ」がダントツでポピュラーのようだ。そのため、実は撮影者も恥や疑問や葛藤を乗り越えた末に発していることが多いようである。

 以下は、「はいチーズ」に疑問を持つ人たちである。

「使ってて、自分でもどうかと思う」(40代女性)
「『チーズ』はないでしょ」(40代男性)
「掛け声として適切でない。常軌を逸している」(30代女性)

 普段から「はいチーズ」によって辛酸をなめさせられているためか、舌鋒も鋭くなっている様子である。また、気づきを与えてくれる指摘もあった。

「撮られる人たちをニコーっとさせたくて言っているはずの『はいチーズ』は、実際は撮る人しか言っていなくて、撮られる人は無言だから、撮る人の孤立感がすさまじい」(30代男性)

 これは、たしかにその通りである。「はいチーズ」を発するのは撮影者のみである。そしてそれを受けて、向こうにずらっと控える多数の人は無言である。撮影者は自分だけが道化を演じなければならないような屈辱を、公衆の面前で強制される。平穏な日常に潜む公開処刑であり、あの、えも言われぬいたたまれなさと、世間で多くの人が感じている「はいチーズ」忌避感は無関係ではないであろう。