宿泊療養施設でも、病院と同等レベルの治療を可能に

 さらに高山医師は、県と連携して医療機器も拡充。全国の宿泊療養施設で初めて酸素飽和度を24時間監視できる仕組みを導入し、患者の呼吸不全を見逃すことなく、酸素吸入や入院などの処置が取れるようになった。

 2021年6月からの第5波では、軽症者の重症化を防ぐため、宿泊療養施設内に宮城県抗体カクテル療法センターが設置された。このとき、中村准教授は東北大学病院のネットワークを宿泊療養施設まで延伸し、紙とスキャン技術を使った電子カルテ環境も構築。わずか1週間で、院内と同等レベルの治療ができる環境を用意した。

 第5波収束後、宮城県は、累積感染者数1万人以上の都道府県において、10万人あたりの死亡者数、感染者に占める死亡者の割合がともに全国最少となった。

 2021年12月からの第6波では感染者が激増し、長期化の様相を呈した。それまで宿泊療養施設では、看護師が患者一人ひとりに内線電話で健康状態の聞き取りを行っていたが、これももはや限界だった。そこで、患者に健康管理アプリ「MySOS」をインストールしてもらい、患者が朝晩の健康状態を入力すると、APIを介してExcelの健康観察シートに自動で取り込まれる仕組みを実装した。聞き取り調査にかかる看護師の負担を大幅に削減し、患者の急増に備えた。

第6波が収束を迎えた2022年6月までの宿泊療養施設におけるDXの流れ第6波が収束を迎えた2022年6月までの宿泊療養施設におけるDXの流れ 提供:東北大学病院
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医師、ベンダー、IT責任者、医療現場で交差する思い

 高山医師は「中村先生だからこそ迅速に現場のさまざまな課題を解消できた」と語る。

「中村先生は何度も現場を訪れ、『今、何に困ってる?』と聞いてくれました。『モニターが足りない』と言うと、すぐに2、3台抱えて持ってきてくれたり、夜中に診察しながら電話で『こういう機能が欲しい』と伝えると、翌朝にはもう中村先生が作ってくれていたりしたこともありました。現場を知る中村先生だからこそ、追加機能も的確に提案してくれて、どんどん作業がしやすくなりました」

 中村准教授を突き動かしたものは何だったのだろうか。

「高山先生は患者さんを一番に考える人です。だからこそ難しい要望も多いのですが、何でも話してくれる分、現場で今何が必要とされているのか非常に把握しやすかった。徹夜で開発に没頭することもありました。すぐにできたら高山先生が喜んでくれるし、何より、救える患者さんが増えることにつながるんです」

宿泊療養施設内でのレントゲン検査の様子宿泊療養施設内でのレントゲン検査の様子 写真提供:東北大学病院

 仮にベンダーが開発を引き受けてくれたとしても、現場の業務を理解するまでに時間がかかる。そのタイムラグが患者の命を危険にさらす可能性は十分にあった。

「命を預かる以上、私たちからは多くの要望が出てきます。ただ、ここは病院ではなくホテルなので、もともとの設備を考えれば、ベンダーさんにかなり厳しいお願いをしていることもよく分かっています。でも現実として、目の前に危険な状態の患者さんがいる。だから実装してほしいと思っているのですが……」(高山医師)

「現場を見てくれれば、何がどれだけ大事か分かるはず」。高山医師は、ベンダーとのオンライン会議で何度かそう伝えた。だが、状況が状況だけに、駆けつけられるベンダーはほとんどいなかったという。実際に、開発にかかるコストや期間、難易度などを提示されると、しょうがないなと思うこともあった。

 だが医師は、「しょうがない」といって現実から目をそらすことはできない。システムで解決できないのであれば、自分たちの努力で補うしかない。他の仕事を削って、睡眠時間を削って、文字通り身を削って新型コロナウイルスと闘っている。