現在、世界中で民主主義を問い直す書籍が話題となっている。その一つが、『世界でいちばん短くてわかりやすい 民主主義全史』だ。翻訳者・岩本正明さんは、本書の著者ジョン・キーンがこれからの民主主義を占う上で重要な提言をしていると指摘する。世界各国で専制主義の指導者が台頭する昨今において、私たちは民主主義のアップデートをどう考えていけばよいのか。岩本さんに話を聞いた。(取材・構成/佐藤智)
新しい民主主義のかたち、「牽制民主主義」とは?
――現在、世界中で民主主義への不満が高まっていると、以前の記事 でお話を伺いました。『世界でいちばん短くてわかりやすい 民主主義全史』では、一貫して民主主義の重要性を伝えていますよね。
岩本正明(以下、岩本) そうですね、民主主義を否定するのではなく、民主主義のアップデートが必要なタイミングに入っていると本書で著者は伝えています。専制主義が台頭するこの激動の時代において、権力の集中をいかに抑制していくかは重要な課題です。
1979年生まれ。大阪大学経済学部卒業後、時事通信社に入社。経済部を経て、ニューヨーク州立大学大学院で経済学修士号を取得。通信社ブルームバーグに転じた後、独立。訳書に『FIRE 最強の早期リタイア術』(ダイヤモンド社)などがある。
こうした時代背景の中で生まれたのが、牽制民主主義(monitory democracy)です。これは本書の著者の造語で、戦後に発展した新たな民主主義の概念といえます。本書では、牽制民主主義を近代に発展した選挙や政党、議会を中心とする選挙民主主義とは、はっきりと区別しています。集会民主主義と選挙民主主義の違いと同じくらいに、選挙民主主義と牽制民主主義にも違いがあると伝えているのです。
――牽制民主主義は具体的にどのような機能を持っているのでしょうか。
岩本 牽制民主主義は、権力を監視、抑制するための新たな仕組みや機能を特徴としており、著者によると、あらゆる地域や分野で、権力に対抗するためのそうした機関が雨後の筍のように立ち上がっているといいます。
国民が民主主義に対して不満を持っているのは、「自分たちの民意が政治や政策に反映されていない」という思いに由来します。必要なことは、それがうまく反映される仕組みを作ること。近代では「選挙」がその発明でしたが、選挙とは違う形で民意をくみ取るための仕組みとして、牽制民主主義が期待されているのです。
――世界的な環境保護団体であるグリーンピースのような組織をイメージするといいのでしょうか?
岩本 おっしゃる通りです。グレタ・トゥンベリさんの登場なども象徴的ですね。こうした新しい力は、市民の草の根の運動を端緒とするという共通点があります。こういった組織の台頭と歩調を合わせて、政党や議会が市民の利害を代表する力は弱まっていると著者は指摘しています。
市民が選挙や議会に頼ることなく、自らの利害を守ったり、意見を訴えるチャンネルが増えている。この牽制民主主義こそが、「最もバイタリティに満ちた民主主義の形態」だと著者は評しています。
――牽制民主主義と選挙民主主義の違いを教えてください。
岩本 選挙民主主義には大きな欠点があります。選挙制度は多数派が勝利する仕組み。そのため、「多数派の意思に無制限に従わなければならない」という弊害が引き起こされるのです。牽制民主主義では、議会に頼ることなく、市民一人ひとりがそれぞれの利害を守る手段を持っているため、選挙民主主義の欠点を補うことができると考えられます。
それまでの民主主義は、あくまで政府の権力を抑制するための手段でした。牽制民主主義では、恣意的な権力の拒絶が、社会生活全般において可能となりました。そのため、政治がこれまで介入することのなかった職場でのいじめやセクハラ、人種差別、動物虐待などに対しても監視・抑制機能が生まれるようになったのです。