22年9月、「嘔吐恐怖症」にはじめて寄り添った『「吐くのがこわい」がなくなる本』が発売されました。そして、偶然にも本書のイラストレーターであるイマイマキさんは、この症状の当事者でした。本記事では、著者の山口健太さんとイマイさんの対談を全3回でお届けします。(構成:吉田瑞希)
第1回:パニック症、吐く恐怖に悩みつづけた人気イラストレーターを救った「とある一文」

「何気ないひと言」を引き金にしないため、あなたに知ってほしい「ある恐怖症」のことPhoto: Adobe Stock

嘔吐恐怖症とパニック症

山口健太(以下、山口):「嘔吐恐怖症」はお医者さんの見方によって、パニック症の一部と考えられていたり、会食恐怖症の一部と考えられていたりもするし、また別の独立した恐怖症と考えられていたりしますが、イマイさんのようにパニック症と一緒に併発しているケースが多いと感じています。何をするにも、とてもつらい思いをしますよね。

イマイマキ(以下、イマイ):そうですね。食事だったり移動だったり、あとは体調、風邪をひいたり具合が悪くなったりすることすべてに密着してきてしまう。嘔吐はいつでも起こり得るものだからこそ、安心する時間がなかったです。

 学校にも「誰かが給食の時間に具合が悪くなって吐いてしまったら」「今、誰かが喉に詰まらせて吐いたら……」と思うと、いられなかったですね。

当事者が抱える2つのつらさ

山口:当事者の方の大きな苦労には、二つの方向性があると考えています。一つは自分自身のこと、もう一つはまわりとの関わりの部分です。

 少し具体的に言うと、自分自身のことは、先ほどイマイさんが日常のすべてにひもづくと話をしてくださったんですが、それによって、やりたいこととか、こういう仕事に就きたいとか、こういうところに行ってみたいとか、そういった楽しみやポジティブな目標が、この症状があることによって制限されて、人生が思いどおりにいかない感覚が強くなっていく。

 自力で頑張ろうと思っても、体の反応として、たとえば気持ち悪さとか、それ以外の症状が出てくるので、自分の無力感、自分の意志だけではどうにもならない気持ちが強くなって、それがそのまま自己否定になる場合があると感じていますね。

 日常の行動から、その先の自分の人生の楽しみが失われていくのが、当事者の方が苦労してるところだと思います。

 もうひとつはまわりとの関わりで、たとえば、食事をするとき、本来だったらこの人と一緒に食事の場を過ごしたりするなかで関係を深めたいとか、一緒に楽しい時間を過ごしたいと思うけどできないというのがあると思うし、あとは自分のことをなかなか理解してくれる人がほとんどいないこともあります。

 たとえば、気持ち悪くなったらこわいとか、吐く場面がこわいと一般の人に言ったとしても、それを深いレベルでまでは理解してくれなくて、「だったら吐いちゃえば楽になるよ」「いっそのこと吐いちゃえば楽になるから、吐いちゃえばいいじゃん」と言われたりして、言った人も悪気なく、その方が楽になるために言ってくださってるから、なおさら当事者の抱える深刻さとまわりが思っている悩みのレベルの乖離をすごく感じやすくて、それがすごくつらいことだと思うんです。

 私は、人とご飯を食べられない会食恐怖症だったときにそれをすごく感じて、食事って楽しいものなのに、自分はそれが苦痛、試練みたいな感じで毎回過ごさなきゃいけないところの、まわりとの温度差が本当につらかったんです。

 私のところにいらっしゃる相談者さんからよくいただく声として、「自分だけ悩んでいると思っていたけど、こういうふうに悩んでいる人が他にもいること知れました」というのが多くて、やはりこの症状は、ひとりで悩むつらさが大きいのだと感じています。

知られていないからこそ
理解されづらい

イマイ:私は、本当に「吐いたらどうしよう」って言ってた時期がありまして、そのときは本当に食事がとれなくて、毎日、お医者さんで点滴をしてもらっていたんですけど、それで、「吐いたらどうしよう、食べれない」って言ったときに、母親もそのときは戸惑って、「そんなに吐いたらどうしようって心配するぐらいだったら、吐いちゃったときに喉に詰まらしちゃったらどうしようってことを心配したら」と言われたんです。それで余計にこわいってなっちゃいましたね。

 それぐらい人間にとって吐くのは自然なことだと思っているというか、自分も症状が出る前はそう思っていたんですけど、それが怖くなって恐怖症になったときに、本当に理解してもらえない領域に行っちゃうというか……。

 だから、私は同級生にも言えなかったですね。自分が吐いちゃいそうになるのもこわい、人が吐いちゃいそうになるのもこわいって言ったら、絶対、何言ってんのって言われちゃうと思いまして。

山口:たしかにそうですよね。

イマイ:普通のことだと言われたらそれまでというか。

山口:まわりに言えないとか理解されないことで悩んでいる方は多いと思うし、特に、子どもの頃、学生ぐらいのときは、変に思われることがすごくこわいことで、人生が終わったと感じてしまうくらいこわいことだと思います。

認知の低さで
正しい病院に行けないことも

イマイ:症状に悩んでいるとき、最初は内科で胃の調子を整えるお薬もらったんですけど、そのお薬の内容を見て、副作用に「吐き気や嘔吐があります」となるともう飲めなくて。

山口:この話は、当事者の方からよく聞くことですね。

 最初は、体調が悪いことに対して、精神的なものよりも消化器の問題だと考えることは多い。私も当事者のとき、はじめは胃腸の調子がよくなったら食べられるんじゃないかと思っていました。

 病院に行っても、お医者さんが嘔吐恐怖症を知らないことで、症状がよくならないこともあって、認知の低さがそうした問題につながっているのかもしれません。

 本書をきっかけに、世の中に嘔吐恐怖症のことを知ってもらって、理解されないつらさに悩む人が少しでも減るとうれしいです。

本書は以下に当てはまる方向けの1冊です。

・「吐くのがこわい」「気持ち悪くなるのがこわい」と日常で感じることが多い人
・人が吐く場面や吐瀉物などに尋常ではない恐怖感を抱く人
・嘔吐恐怖症のカミングアウトをしたいが、どうすべきか迷っている人

【著者】山口健太(やまぐち・けんた)「何気ないひと言」を引き金にしないため、あなたに知ってほしい「ある恐怖症」のこと
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事、カウンセラー、講師

2017年5月に同協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授、はるの・こころみクリニック院長)
自身が社会不安障害の一つの「会食恐怖症」に悩んだ経験を持ち、薬を使わず自力で克服する。その経験から16年12月より会食恐怖症の方への支援活動、カウンセリングをはじめる。その中で関連症状の「嘔吐恐怖症」の克服メソッドを研究。これまで1000人以上の相談に乗り改善に導いてきた。主催コミュニティ「おうと恐怖症克服ラボ」では、会員向けに克服のための情報を発信している。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)、『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)などがある。

イマイマキ「何気ないひと言」を引き金にしないため、あなたに知ってほしい「ある恐怖症」のこと
漫画家、イラストレーター。
連載に「あのこが好きだった本」「私の青空」がある。
ツイッター:koguma_kanoko