22年9月、「嘔吐恐怖症」にはじめて寄り添った『「吐くのがこわい」がなくなる本』が発売されました。そして、偶然にも本書のイラストレーターであるイマイマキさんは、この症状の当事者でした。本記事では、著者の山口健太さんとイマイさんの対談を全3回でお届けします。(構成:吉田瑞希)
奇跡のめぐりあわせ
「偶然、当事者だった!」
山口健太(以下、山口):『「吐くのがこわい」がなくなる本』のイラストレーターさんを決めるとき、編集者の方が送ってくださった候補者のなかで、直感的にイマイさんにお願いしたいと思いました。
そのときは、まさかイマイさんが「嘔吐恐怖症」の当事者だとは思いもしなかったので、そうだと知って本当に驚きました。イラストを引き受けてくださって、ありがとうございました。
イマイマキ(以下、イマイ):最初に編集者の方から依頼をいただいたとき、「少し特殊な依頼なのですが……」と前置きがあったので、何の本だろうと思ったのですが、自分が悩んだ症状に対しての本が出るんだと知って、うれしい気持ちになりました。
私は症状が出ていたとき、パニック症の本と薬に頼っていたので、実際に嘔吐への恐怖にしぼった本がでるのは自分のためでもあると思いました。
きっかけは「兄の胃腸炎」
山口:イマイさんは、どんなきっかけで症状がでるようになったのでしょうか?
イマイ:私の場合は、小学校6年生の大みそかに兄の胃腸炎がうつりまして、それが原因で外出先から帰るときに嘔吐してしまって……。そのときはただ具合が悪いとしか思わなかったのですが、そのあとも体調が悪いのが続いてしまって、大みそかからお正月にかけての楽しい時間が全部なくなったことに、すごいショックを受けたんですよね。
また体調が悪くなると、楽しい予定が全部飛んで、ひとりで隔離されて寂しい思いをするんだとか、そのときは卒業文集の編集もやっていたので、同級生からも「もっと早く体調をよくしてね」と急かされなきゃいけないんだとか、いろいろなことがプレッシャーになってきて、久しぶりに普通の食事をしてみても、まだ苦しいと感じて、しだいに吐くことも、食事もこわくなってしまいました。
発症時期は「小学生」が多い
山口:本書でも紹介しましたが、当事者向けのアンケートで、6歳から12歳の間に発症した方が一番多かったんです。体感としても、イマイさんのように小学生の中学年や高学年に発症する方が多いと思いますね。
イマイ:それくらいのときって、いろいろあったり繊細な時期で、一回、体調を崩すと、ほかの予定も崩れて立て直すのが大変ですよね。私は、先ほどお話ししたことをきっかけに自分が今まで抑えてきた気持ちや不安が出てしまい、そこから大幅に体調を崩しました。
山口:そうなんですね。それから長い間、悩んでこられたんですか。
イマイ:パニック症の本を読んで自分なりに折り合いをつけるまでは、高校とか、大人になってからも悩みましたね。
山口:外に出るのもこわかったりとか。
イマイ:はい。外出は好きなんですけど、乗り物で少し酔うと止まって、治るまでずっと冷や汗をかいて待っていたり、どこでも止まってもらえるところに行けるように両親に頼んだりしていました。
「仕事」にも制限がかかる
イマイ:以前、アルバイトをしていたのですが、アルバイトをするにも飲食店がこわいんですよね。食べているお子さんが喉を詰まらせて吐いちゃったら……と思うだけで本当にこわくて。
なので、ショッピングモールのゲームショップで働いていたのですが、そこでも体調を崩したお子さんが吐いてしまったことがあって、そのときはお店から走って逃げちゃいましたね。
そういうこともあるんだとびっくりして、外で働くのはすごくこわいって思ってしまいました。
山口:イラストレーターには、もともとなりたいと思われていたんですか。
イマイ:いえ、絵を描くのは好きだったのですが、なれると思っていなかったので。
今こうやって、おうちで作業させていただけるのは本当にありがたいんです。でも、どこに行っても恐怖がつきまとうので、外出しても食事がとれないんですよね。外で食事をとることができないので、外出すると非常に疲れてしまうことがあったりしますね。
山口:イマイさんがおっしゃった外出もそうだと思うんですけど、当事者の方は職業の幅が狭まることを悩んでいる場合もありますよね。
よくある相談のなかに、保育士さんや学校の先生なりたいといった夢を持っている学生の子がいるんですが、保育の現場で、先ほどイマイさんがおっしゃったような、子どもたちが体調を崩して吐いちゃったりする場面に遭遇するかもしれないとか、実際に遭遇したときに保育士として介助をできる自信がないとか、食べることに関して言えば、給食とか人とご飯を食べる場合が不安なので、本当はそういう仕事に就きたいけれど、すごく悩んでいる。教育実習はどうしましょうとか、そういう相談がたくさん届きます。
嘔吐恐怖症は、仕事に影響が出ることがよくあるという実感があります。
改善のきっかけは「本」だった
山口:イマイさんの場合は、これがきっかけでよくなったなどはありましたか?
イマイ:私は結構長く悩んで、人生レベルで大きな支障が出たので、いろんな本を読んだんです。すると、パニック症の本に「パニックや不安になったとき、実際に気持ち悪くなって嘔吐してしまうことはありません」と強く書いてあったんですよ。
本当に断言していいのかなとは思ったんですけど、その文章に急に救われたというか、そこから少しずつ行動範囲を広げられるようになりました。
山口:たしかに、それは安心しますよね。
イマイ:そうですね。お医者さんにも、あんまり大変だねとは言ってもらえなかった症状なので……。小学校6年生のときに具合が悪くなって、すぐに心療内科にかかったんですけど、胃腸を整えるお薬をもらって、具合が悪くなったらそれをすぐ飲んでくださいと言われて、いつも飲んでいたんですけど「あれ?全然よくならないぞ?」と。
山口:そうだと思います。実際、当事者の方の相談で、お医者さんに行っても的を射た回答を得られない、「理解されない、共感されない」というのをよく聞いてきました。
でも、イマイさんが本を読んで、それできっかけを得たっていうのはすごくいいなと。本の意味は大きいと再認識しました。『「吐くのがこわい」がなくなる本』も、そういうきっかけの本になってくれるとうれしいです。
本書は以下に当てはまる方向けの1冊です。
・「吐くのがこわい」「気持ち悪くなるのがこわい」と日常で感じることが多い人
・人が吐く場面や吐瀉物などに尋常ではない恐怖感を抱く人
・嘔吐恐怖症のカミングアウトをしたいが、どうすべきか迷っている人
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事、カウンセラー、講師
2017年5月に同協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授、はるの・こころみクリニック院長)
自身が社会不安障害の一つの「会食恐怖症」に悩んだ経験を持ち、薬を使わず自力で克服する。その経験から16年12月より会食恐怖症の方への支援活動、カウンセリングをはじめる。その中で関連症状の「嘔吐恐怖症」の克服メソッドを研究。これまで1000人以上の相談に乗り改善に導いてきた。主催コミュニティ「おうと恐怖症克服ラボ」では、会員向けに克服のための情報を発信している。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)、『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)などがある。
漫画家、イラストレーター。
連載に「あのこが好きだった本」「私の青空」がある。
ツイッター:koguma_kanoko