社会福祉法人が
鉄道を購入した理由

 きっかけは新樹会副理事長・石坂真一郎さんのひらめきだった。新樹会が運営する東京都調布市の「東京さつきホスピタル」は精神科、心療内科などに加え、発達・思春期精神科外来や一般小児科、児童精神病院を備える特色を持つ。

 日本人の4人に1人が精神疾患を経験し、年間300万人が精神科を受診しているが、潜在的にはもっと多くの人がケアを必要としている。精神科病院はどうしても行きづらい雰囲気があるが、地域に開かれた公共施設としての精神科病院の在り方を模索していた。

 石坂さんは特に鉄道に詳しいというわけではなかったが、東急線沿線で育ったため東急伝統のシルバーの車体に赤いラインの電車には親しみがあったことから、8500系が売りに出されているというニュースを思い出し、病院に電車を設置すれば子どもたちに喜ばれるだけでなく、気楽に行きやすいワクワクする精神科病院になるのではないかと思いついたのだという。

 購入するのは、鉄道友の会が優れた通勤車両を表彰する「ローレル賞」の受賞記念プレートが設置された8530号車。車両購入費用のほか、車両整備費用(900万円)、搬送費用(1800万円)、地盤整備費用(4000万円)、有害物質除去費用(600万円)などの設置費用を含む総額約7500万円を「ハチゴープロジェクト」として、クラウドファンディングサービスREADY FORで募ることにした。

 支援者には金額に応じて車両の座席モケットを使用した特製ペンケース・キーケースや8500系をデザインした特製ウオッチ、8500系Nゲージ(模型)などのオリジナルグッズ、高額支援者には8530号車とは別の8500系車両のドア、車体外板(コルゲートと呼ばれる波打った補強材)、車両前面の赤帯などが返礼品として贈られる。

 車両は前照灯の点灯や警笛の鳴動、車内の扇風機や車内放送設備の機能を維持し、患者以外の誰でも無料で入れるようにする予定だ。支援が想定を大きく上回った場合は、ドアを開閉できるようにしたり、プラットフォームを設置したりする構想もある。

 だが、なぜクラウドファンディングを利用するのだろうか。病院のためになるなら自己費用で買うべきではないかという声もあるかもしれない。

 その意図について石坂さんは「医療者側である私たち自身が、従来の精神医療の在り方にはさまざまな問題があり、変わらなければならないと考えています。医療は行政主導でルールが決まる一方、精神科病院は民間運営が多いというパラドキシカルな構造を踏まえると、一般の方々の意見が反映されるクラファンの仕組みこそが、精神医療改革のきっかけになりうるのではとの思いがあります」と語る。

 その上で「より多くの方に、精神科を日常的な、身近なものだと捉えていただきたいとの思いがあり、このコンセプトに賛同する方に寄付をお願いできればと考えております」としている。そのため支援の多寡にかかわらず、新樹会が差額を自己負担して車両を購入することは決定済みだ。クラウドファンディングの受け付けは12月23日午後11時まで。10月24日時点で248人から約1622万円の支援が集まっている。

 なお、東急は引き続き、残り3両の売却先についても協議を進めている。