世界のビジネスエリートが持つ「BS的発想」とは

奥野:今回の本には、よくある投資の誤解を解きたい、という意図もありました。たとえば、「利益確定」についてもはっきりさせておきたかった。

──利益確定。あれですよね、保有している銘柄の株価が上がって、「買ったときよりある程度上がったし、そろそろここらで売っておくか」みたいな。

奥野:そうそう。中短期で投資をしている人はみんな早く勝ち逃げしたいので、「利益確定」という言葉が大好きなんです。最初に買ったときより少しでも上がった段階で売りたいし、ちょっとでも下がったら、「なるべく損が少ないうちに手放してしまおう」と、損切りする。でも、これってそもそも、「PL的発想」なんですよ。あくせく働く「労働者」から脱し、お金に困らない人になりたいのなら、「PL的発想」を「BS的発想」に変えないといけないんです。

──「PL的発想」と「BS的発想」? どういう意味ですか?

奥野:ちょっと専門用語的になってしまうかもしれませんが、これだけでもインベスターシンキングの基礎はおさえられるので、ぜひ覚えておいてほしい概念です。

──ぜひ、教えてください。まず、「PL」と「BS」の言葉の定義ですが。

奥野:仕事で触れたことがある人も多いかもしれませんが、「PL」は「Profit and Loss Statement」、損益計算書の略語。つまり、企業を運営する中で、売上をいくら稼ぎ、費用をいくら使って、差し引きいくらの利益(損失)を出したのかを短期的に表したもの。財務諸表の一つです。

 ちょっと雑なたとえになってしまいますが、個人でいえば、家計簿やお小遣い帳のようなものだと考えてもらうとわかりやすいかもしれません。

──なるほど。もう一つの「BS」も、財務諸表の一つですか?

奥野:はい。「バランスシート」、貸借対照表とも言われますが、これは、保有資産全体の現時点でのバランスを示したものです。例えば銀行から借りた1億円を投じて工場を建てれば、左側に建物7千万円、機械3千万円、右側に借入れ1億円といった具合ですね。企業はこの工場を稼働させてこれから10年、20年と売上を稼ぐわけですから、BSを見れば、その企業が過去から何にお金を投じてきたのか、その蓄積と同時に、将来の収入をどこで稼ごうとしているのかもわかります。

 個人レベルでも「資産ポートフォリオ全体の〇〇%を、株式・投資信託のような価値増大資産に振り向けよう。あと、現金や債券のような資産も待機資金として△△%持っておく必要があるな」といったふうに、バランスシートを組み立てる。これが、「BS(貸借対照表)的発想」なんです。

合言葉は「いったん株に換えとこう」
「バランスシート思考」最初の一歩

──長期投資をするには、もっとずっと広い視野で考えないといけないんですね。「PL(損益計算書)的発想」と「BS(貸借対照表)的発想」だと、見ているところが全然違うというか。

奥野:さきほどの話に戻ると、結局、「利益確定」って、「PL(損益計算書)的発想」なんですよ。「〇〇円だった株価が〇〇円になった、やった、〇〇円の利益が出たぞ」って、「現金」に囚われちゃってるじゃないですか。

──そうですね。「円」という通貨でどれくらいの資産を持つか、を前提に話がすすんでいる。

奥野:「BS(貸借対照表)的発想」で考えると、株を売って現金化したところで、その現金は何も産まないわけですよ。むしろ、いまみたいに円安が続いていると、「現金」という形で持ち続けるのは、リスクの方が大きい。

──「じゃあ、その利食い売りして増えた現金で、また次の銘柄に投資して……を繰り返して、どんどん資産を増やしていけばいいじゃないか」という人もいると思いますが。

奥野:でも、それも結局、「労働」なんですよ。自分で動いて、毎日株価チャートをチェックして、せっせと売ったり買ったりしてるわけだから。

──あ、そうか。

奥野:だからそもそも、昨日は負けた、今日は儲かった、みたいな「PL(損益計算書)的発想」をいますぐに捨てないとダメなんです。企業だけでなく、個人個人も、「BS(貸借対照表)的発想」を持つこと。刹那的な利益を求めるのではなく、5年先、10年先、20年先、さらにもっと先の、将来続くアセット……資産をどうやって形成するか。そこまで考えないと、お金に困らない生活は一生手に入れられません。

──初歩的な質問になってしまうのですが、「ただお金持ってるだけだとリスクが大きいから、資産の一部をいったん株に換えて持っておこう」みたいな考え方でいいんでしょうか。

奥野:そうそう、それでいいんです。「いったん株に換える」というのは、バランスシート思考の始まりです。

──じゃあ、いったん株に換えておいて、ピンチになったときに必要な分だけ現金に戻せばいっか、みたいな。

奥野:はい、それでいいと思います。「BS(貸借対照表)的発想」に慣れてくると、「外国の株も持っておいて、ドルを稼いできてもらおう」とか、生活に必要なキャッシュは最低限にして、キャッシュ以外の資産はこうやって構成しようとか、分散の方法も見えてくるはず。「いったん換えよう」という発想を取り入れるだけで、一歩すすんだ感じですね。