早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術』だ。
私たちの日常のなかで、「遅く考えるスキル」がとりわけ大きな意味を持つのが「医療情報」を収集するときだ。人はなぜ、医療にまつわるデマや似非科学にやすやすと騙されてしまうのだろうか? 
今回は、『すばらしい人体』の著者であり、外科医けいゆうとしてネット上で精力的に医療情報の発信を行う山本健人氏をゲストに迎え、より正確な情報を手に入れるためのコツについて植原氏と語り合ってもらった。

遅考術Photo: Adobe Stock

医療情報は「平時」から集めておこう

――自分で医療情報を調べていると、つい「信じたくないこと」に注目してしまうケースも多いように思います。自分はこういう病気に違いないと思い込んでしまって、どんどん気持ちが沈んでいくこともあるでしょう。こうした負の思考に陥らないためには、どうすべきでしょうか?

山本健人(以下、山本):自分の身体について大きな不安を抱いているときは、そもそも適切な情報収集をすること自体が難しいと思うのです。切羽詰まった状態で、「どこにいけば正しい情報があるだろうか?」と考えても、おそらく正しい道には入れない。

なので、有事の際にそういうことを考えるのではなく、平時から、困ったときにどこで情報収集するかを決めておきましょう、というのが講演などでよくお話ししていることです。

ひとつの提案としては、学会や公的機関のサイトに掲載されている、患者さん向けコンテンツにあたること。Googleで検索しても上に出てこないものが多いため、意外と存在を知られていないのですが、実はたいへん有用です。

私のサイト(https://keiyouwhite.com/guideline-for-patients)でも、62の信頼できるサイトへリンクを張っていますので、ぜひ参照してください。

植原亮(以下、植原):いま、有事と平時で分類していただきましたが、平時で余裕があるときにこそ、情報ソースのアップデートをしておくとか、信頼性のチェックをしてみることが大事だと思います。

自分がどういう情報ネットワークのなかにいるのかを再確認して、信頼できるソースにきちんとアクセスできるよう、情報環境をメンテナンスする習慣を身につけていただきたいですね。

「白か黒か」を断言する情報はあやしい

――『すばらしい人体』のなかに、「罹患リスクを上げる危険因子」というお話が出てくるのですが、リスクを「ある・ない」の二分法ではなく、「上がる・下がる」のグラデーションでとらえるという考え方も、『遅考術』のメッセージに通じるものがあると感じました。

山本:それは非常に重要なポイントです。医療の情報については、本当にすべてがグレーで、その濃淡でしかありません。そのなかで、いかに「白寄り」のものを選んでいくかという話です。なので、クリアカットに分かりやすく思える情報は、基本的にあやしいと思ったほうがいいですね。

たとえば、書店の健康本のコーナーで見かける「○○を揉めばがんが予防できる」とか「〇〇をすればアレルギーが治る」といった、非常にシンプルな説明で表現されるような情報は、疑ってかかったほうがいい。本当に正しい情報を伝えようとすると、どうしても分かりにくく複雑なものになるからです。

「ある場面では正解だけれど、別の場面ではそうではない」という情報や、「確かに一理あるけど、それはたくさんあるリスクのうちの一つに過ぎない」といった情報は枚挙にいとまがありません。

たとえば「赤身の肉は大腸がんの原因になるから食べないほうがいい」という話があったとして、確かに赤身の肉は数ある大腸がんのリスクの一つかもしれないけれど、実際に大腸がんになった人に対して、そのリスクがどのくらい寄与したのかは知りようがありません。

ですから、曖昧なものは曖昧なまま、グレーなものはグレーなまま受け入れるという姿勢が大切です。分かりやすさを求めて、白か黒かの結論に飛びつこうとするほど、間違った情報に騙されやすくなります。

植原:やっかいなのは、人間の思考の仕組みとして、曖昧な情報をそのままにしておくのは、とても辛いことなんです。だからこそ、『遅考術』のような書籍で、頭を慣らしておくことが大切ですね。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)

外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com