ジャズ・フェスティバルで有名なモントレーは、サンフランシスコの南に位置し、シリコンバレーの中心地であるサンノゼからはルート101を下って1時間ほどのところにある風光明媚な保養地だ。コロナ前の12月にモントレーを訪れたとき、ダウンタウンのフレンチレストランで印象的な体験をした。

 私の右隣では、4人掛けのテーブルに30代くらいのカップルが座っていて、何度も子ども向けのプレゼントをチェックしていた。これから子連れのゲストがやってきて、クリスマスプレゼントを渡すところなのだ。

 しばらくして、金髪のかわいらしい赤ちゃんを連れた2人が現われたが、どちらも男性だった。そのうちの1人がIT企業の幹部らしく、部下がお祝いの席を用意したのだろう。アメリカ人(とりわけカリフォルニアのリベラル)は人間関係がドライなのかと思っていたが、日本と同じかそれ以上の気の使い方(「ごますり」ともいう)が面白かった。

 それより興味深かったのは周囲の反応で、私の左隣ではかなり年配の白人夫婦が食事をしていたのだが、そんな彼らになんの関心も示さない。同性愛者のカップルがレストランに子どもを連れてくることは、カリフォルニアではもはや当たり前の光景になったのだ。

生殖テクノロジーの進化によって「女性は妊娠によって与えられている優位性を失う」のか?Photo:Ivan Moreno sl/PIXTA

 私はこのとき、ゲイのカップルが東ヨーロッパあたりから養子をもらい、そのお披露目の会だと思ったが、イギリスの女性ジャーナリスト、ジェニー・クリーマンの『セックスロボットと人造肉 テクノロジーは性、食、生、死を“征服”できるか』(安藤貴子訳、双葉社)を読んで、これが勘違いだったことに気づいた。その子どもは(おそらく)、彼らと遺伝的なつながりのある「実子」だったのだ。

 クリーマンは、指数関数的に進歩するテクノロジーによって、わたしたちの生活・人生がどのように変わっていくかを精力的に取材している。「セックスの未来(セックスロボット)」「食の未来(培養肉)」「生殖の未来(人工子宮)」「死の未来(安楽死装置)」の4章構成で、「人工子宮で生まれ、培養肉を食べて育ち、セックスロボットと性愛し、安楽死装置で人生を終える」という未来世界がすぐそこまで来ていることがわかる。

 どのパートも刺激的だが、ここではそのなかから生殖テクノロジーがもたらす価値観の変容を見てみよう。原題は“Sex Robots & Vegan Meat: Adventures at the Frontier of Birth, Food, Sex & Death(セックスロボットとヴィーガン(卵や乳製品を含むあらゆる動物性食品を避ける徹底した菜食主義者)の肉 誕生、食、セックス、死の最先端への冒険の旅)”。

カリフォルニア州は、世界で最も代理出産に優しい場所のひとつ

 クリーマンは生殖の未来を知るために、ロサンゼルスにある「パシフィック生殖医療センター」を訪れる。この医療施設の設立者であるヴィッケン・サハキアン博士は、「不妊治療専門医として、何千という人たちのために家族を作ってきた」のだ。

 私はこれまで知らなかったのだが、カリフォルニア州では(女性が他人の子どもを産んで報酬を得る)代理出産が認められていて、「その法制度は、代理母などそこに関与する第三者よりも依頼者の権利を重視することで知られている。それによりカリフォルニア州は、世界で最も代理出産に優しい場所のひとつと評されているのだ」という。

 サハキアン博士は、社会的代理出産(自分の遺伝子をもつ子どもはほしいけれど、妊娠も出産も望まない)を求める女性たちに、体外で自分の卵子とパートナーの精子を受精させ、ほかの女性をお金で雇って妊娠・出産してもらうというサービスを提供している。

 典型的な依頼者は、「エンターテインメントの世界で頭角を現しつつあるものの、まだ名前がそれほど売れていない人たち」だという。「妊娠したら役を失ってしまいます」「私はモデルで、女優もしています。見た目がウリなので、体が醜くなるのは嫌なんです」などが代理出産を望む理由だが、IT企業や金融機関などで責任の重い仕事や役職に就いていて、妊娠すると都合が悪いという女性もいる。「年をとりつつあるけれど、今後2、3年のキャリアがとても重要だ」という切実な事情を抱えているのだ。

 こうした女性たちのほか、サハキアン博士のもとには、子どもをもちたいというゲイのカップルもやってくる。どちらか1人の精子を代理母の卵子と体外受精させれば、50%の遺伝子を共有する子どもができる。より望ましいのはカップルの1人に姉妹がいる場合で、彼女に代理母になってもらえば、生まれた子どもは、カップルの遺伝子の75%を共有することになる。カップルの1人の精子を、もう1人の姉妹の卵子と体外受精させ、代理母を雇って子どもをもつことも可能だ。私がモントレーで見かけた赤ちゃんは、おそらくはこのようにして生まれたのだろう。