わたしたちはみな、ステータスを求めて死に物狂いの努力をしている。なぜなら、進化の過程でそのように「設計」されているから――と論じるのが、イギリスの科学ジャーナリスト、ウィル・ストーの『ステータス・ゲームの心理学 なぜ人は他者より優位に立ちたいのか』(風早さとみ訳、原書房)だ。

 21世紀の最初の10年で、イスラーム原理主義者によるテロ、アラブの春とその崩壊、世界的な金融危機など、現代史の画期となる出来事が次々と起きた。近年では、これに感染症の大流行とロシアによるウクライナ侵攻が加わった。

 だがもっとも大きな変化は、スマホの発明とSNSの登場だろう。これによって欧米諸国は、「右派」と「左派」の収拾のつかないイデオロギー対立に陥ってしまった。

 2016年のブレグジットやトランプ大統領の誕生は右派の大きな勝利で、イタリアでは「極右」政権が生まれ、世界でもっともリベラルな社会である北欧でも移民排斥を求める「極右」政党が存在感を増している。

 それに対して左派は、「ウォーク(wake 社会問題について意識高い系)」や「SJW(Social Justice Warrior 社会正義の戦士)」などと呼ばれる社会活動家が、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)のルールを決め、それに反する言動をした者をキャンセル(社会的に排除)している。

 ストーによれば、右派と左派のあいだで繰り広げられている終わりなき罵詈雑言の応酬は、グローバルに拡大した「ステータス・ゲーム」の必然的な結果なのだ。

 原題は“The Status Game; On Social Position and How We Use It(ステータス・ゲーム 社会的地位とその使い方について)。

「ステータス・ゲームで下にさがればさがるほど、健康は悪化し、死期も早まった」

 社会学では、ひとはみな高感度の「ステータス検知システム(ソシオメーター)」を備えつけていると考える。

 ある研究で、96組の同僚同士のやりとりをスナップ写真に撮ったあと、それらを切り取って白地に貼りつけたところ、被験者はまったく状況(文脈)がわからないにもかかわらず(2人が向かい合ってなにか話しているスナップだけで)、どちらがステータスが高いかを「極めて正確に」推測した。見知らぬ集団に入ったとき、わたしたちが声やボディランゲージから支配側と服従側を瞬時に(43ミリ秒のうちに)見分けられることもわかっている。

ヒトはなぜ「ステータス」を求めるのか? 所有できず、いつ奪われるかわからないからこそ激しく求め、決して満たされないもの<br />Photo:marchmeena/PIXTA

 誰かと話すとき、ひとは500ヘルツ前後の低い周波数のハム音を発している。2人あるいはそれ以上の人数の会話ではこのハム音が変化し、集団内でもっともステータスが高い者がそのレベルを設定し、ほかの者がそれに合わせて自分のハム音を調整する。――アメリカ大統領選のテレビ討論では、どちらの候補がハム音を合わせたかで当選者を正確に予測できるという。

 チョコチップクッキーの試食と称して参加者を集めた研究では、実験前に、参加者はほかの被験者と交流し、組みたい相手を2人選ぶようにいわれた。そのうえで研究者は、参加者の何人かに「誰にも選ばれなかった」あるいは「全員から選ばれた」とランダムに告げた。社会的に拒絶された参加者は、受け入れられた者より平均で9枚、およそ2倍も多くクッキーを食べた。さらに彼らの大半は、クッキーの味をより高く評価した。拒絶されたことで、甘い食べものに対する知覚が変化したらしい。

 ステータスは客観的に定まる社会的な地位ではなく、「人が自分に従ったり、敬意を払ってくれたり、感心したり褒めてくれたり、つまり、なんらかの形で自分が人に影響を与えることができたとき」に得られる感情と定義される。

 ヒトは徹底的に社会化された動物で、わたしたちは共同体に埋め込まれている。こうして脳は、ステータスがあがることを「報酬」、さがることを「罰(痛み)」として感じるように進化した。

 ステータス・ゲームの本質は、自分や他人のステータスを操作し、罰を避けつつより多くの報酬を獲得することだ。なぜなら、「(社会的)地位が高くなればなるほど、人は生き延び、愛を育み、子孫を残す可能性が高くなる」のだから。

 123か国、6万人以上を対象にした研究では、ひとびとの幸福は「他人からどれほど尊敬されていると感じるかの度合いにつねに左右され」、ステータスの獲得やその喪失は、「長期的な肯定的・否定的感情の最も強力な予測因子」だった。ステータス・ゲームは、わたしたちの幸福度に直結している。

 疫学者のマイケル・マーモットは、ステータス・ゲームが人間の身体的健康に及ぼす驚くべき力を「ステータス症候群」と名づけた。

 疫学研究によると、ステータス・ゲームで一ランク下の地位にいる喫煙者は、上位のランクの喫煙者より病気になる可能性が高かった。同様に、職場のヒエラルキーの最下層にいる40歳から64歳までの従業員は、ヒエラルキーの頂点にいる管理職に比べて死亡リスクが4倍も高かった。「ステータス・ゲームで下にさがればさがるほど、健康は悪化し、死期も早まった」のだ。

 ステータス症候群は男でも女でも確認されただけでなく、ヒヒにおいても同じ結果が得られた。

 ヒヒにコレステロールと脂肪の多い餌を食べさせ、人為的に血管内にプラーク(動脈硬化の原因になる脂肪の沈着物)をつくったところ、地位が高いヒヒほどこのひどい食事にもかかわらず、病気になりにくい傾向が見られた。

 だがこれは因果関係が逆で、健康なヒヒが高い地位にいるのではないか。そこで研究者が意図的にヒエラルキーを変えてみたところ、ステータスの変化にともなってヒヒが病気になるリスクも変化した。地位による健康格差は「劇的なものだった」と報告された。