【池上彰】社内キャリアを断たれて気づいた「自分にしかない専門性」

社会情勢が刻々と変化し、不確実性が高まっている。そのようななか、企業の経営環境も激変、「今の会社にずっといていいのだろうか」「自分のキャリアはこの先も通用するのだろうか」と、将来に不安を覚える社会人が増えている。
また、就活や転職を考えている人も、これからの時代、何を基準に、どう会社を選べばいいのか、迷っている。働き方も多様化し、会社員になるのかフリーランスで稼ぐのかといった選択で悩む人も……。
そこで今回は、『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』の著者でジャーナリストの池上彰さんに、50代で転機を迎えた自身のキャリアの話や、後悔しない就活や転職のために必要なものについて伺った。
(取材・構成/柳沢敬法、ダイヤモンド社・和田史子、撮影/加藤昌人、ヘアメイク/市嶋あかね)

「会社」を知ることで、会社選びも働き方も変わる

――ロングセラーになっている『よくわからないまま社会人になった人へ』シリーズですが、なかでも「会社編」である『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』は、就活生にも多く読まれていると聞きました。

池上彰(以下、池上) 「経済」と「政治」と並んで「会社」をシリーズのテーマに取り上げたのは、就活に臨む学生諸君が、はたして「会社のこと」をどれだけわかっているのだろうか、という素朴な疑問を持ったのがきっかけです。

 会社に入りたいと言うけれど、では会社とはどんな組織で、どうやって利益を出して、どうやって存続しているのか。社会的にどんな存在で、どんな責任があるのか。そういった基本的なことを理解していない人が、実は多いのではないかと。

――就活での会社選びに、会社に関する基本知識は不可欠ということでしょうか?

池上彰(以下、池上) 会社とは、就職とは、雇用とはどういうものなのか。いわば会社の「生態」を知っていれば、会社の選び方が変わってくるかもしれません。こうした基礎知識が、この会社はいい会社なのか。将来性や発展性はあるのか。この会社に入っても大丈夫なのかなどを見極めるための土台になるからです。会社選びで後悔しないという意味でも、会社のことを知っておく意識は非常に重要だと思います。

――いまや転職や副業、リモートワークや社内ベンチャーなど、「会社での働き方」も大きく変わって、多様化の時代を迎えています。

池上 安定した給料、当たり前の昇給やボーナス、終身雇用に多額の退職金というのは過去の話。今はそうした待遇が約束されていない代わりに、ライフスタイルに合わせてより自由な、自分らしい働き方を選択できるようになりました。

 自分で働き方を選べる時代だからこそ、会社のことをしっかりと理解しておく必要があるのです。

フリーランスこそ「会社のこと」を知っておく

――『会社のこと~』は就活生だけでなく、“すでに会社員”の人にも読んでほしいですね。

池上 そうなんです。会社に就職して働いていながら、会社のしくみを今ひとつ理解していないという人たちも手に取ってくれているようです。そもそもタイトルが「社会人になった人へ」ですから(笑)。こういう人たちが、今からでもしっかり会社のことを知れば、働き方や仕事への向き合い方が変わってくるかもしれません。

――今の時代、「会社に就職しない」という道を選ぶ人も増えています。そうした人たちもやはり、「会社のこと」を知っておくべきなのでしょうか?

池上 働き方が多様化するなかフリーランスや自営業など会社に属さずに仕事をしている人は大勢います。そうした人たちは会社のしくみをよく理解できていないことが多いんですね。会社員を経験せず、最初からフリーランスで働いているという人は、会社のことを知る機会が少ないことから、とくにその傾向があります。

 しかし、「自分はフリーランスだから会社のしくみは関係ない」とは言い切れません。なぜならフリーランスで働く人たちのクライアントは会社組織であることがほとんどだからです。そして、その関係性のなかでフリーランスが“会社の論理”に振り回されてしまうケースが決して少なくない

 ですから、むしろフリーランスの人こそ会社のことを知っておいてほしいのです。会社組織の構造や経営、雇用などの基本知識を持っておくことが、いざというとき役に立つこともあります

 あともうひとつ言えば、民間の会社のことをよく知らない公務員の人たちもぜひ読んで勉強していただきたいですね。

異動希望が通らないことで気づいた「自分にしかない専門性」

――フリーランスといえば、池上さんも50代でNHKを辞めてフリーランスになったのですよね。どうしてNHKを辞めたのでしょうか? 今のキャリアに至るきっかけはあったのでしょうか?

池上 私はNHKで記者をしていました。ゆくゆくはNHKの解説委員になりたかったのです。

 40代になると、記者はデスクになり、部下に指示をしたり、他の記者が書いてきた原稿に手を入れたりといった「中間管理職」的な役割を担うようになります。しかし、私はそうではなく、何歳になっても、現場に足を運び取材ができるような仕事がしたかった。生涯現役の記者でいたいと、ずっと思っていました。

 解説委員になれば、専門職として定年退職までずっと取材ができます。解説委員としてテレビに出て解説することができるわけです。そこで、若い頃からずっと、毎年、人事考課の「将来何をやりたいか」という記入欄に「解説委員」と書き続け、「解説委員になりたい」と希望を出していました。

「週刊こどもニュース」という、こども向けのニュース番組を担当して10年ぐらいたった頃です。廊下で突然、解説委員長に呼び止められました。

「池上、解説委員になりたいって毎年希望を出しているようだけど、おまえは解説委員になれないからな」と、突然、申し渡されたのです。

 びっくりして「どうしてですか?」と聞いたら、「池上には専門がないだろう。解説委員はそれぞれの分野の専門家でなければいけない。おまえはあらゆることを解説しているから、専門分野がないだろう。だから、解説委員はなれないのだ」と言われました。

――いきなり「あなたの望む仕事はできない」と言われたらショックですね……。

池上 そのとき、「あ、ここにいてももう自分の未来はない」と悟りました。と同時に、こうも思ったのです。