【池上彰】社内キャリアを断たれて気づいた「自分にしかない専門性」

池上 「たしかに私には専門がないけれど、『わかりにくいニュースをわかりやすくする』という、他の誰もやったことのない『専門性』があるのではないか」と。

 当時、ニュースをわかりやすく解説する番組は「週刊こどもニュース」くらいしかありませんでした。この仕事をするなかで、さまざまなことを学び、「わかりにくいニュースをわかりやすくする」というスキルを身につけていったのです。

「わかりにくいニュースをわかりやすくする」というのはニッチな職種かもしれません。しかし、独立して、自分1人なら、これでなんとか食っていけるんじゃないかと思い、NHKを辞めました。

 自分の専門性は政治や国際情勢といったジャンルではなく、「難しいことをわかりやすくする」という点にあるのではないかと発見したことで、独立できたのです。

――自分の望むキャリアへの道が断たれたことで「自分にしかない強み」が見つかり、フリーランスで働くという新たな選択肢が出てきたということでしょうか。

池上 そうかもしれません。前にもお話ししましたが、「週刊こどもニュース」でさまざまなニュースや出来事を取り上げるたびに、私の知識は深まりましたし、こどもたちにわかるよう伝える力も磨かれていきました。

「置かれた場所」で学び続けてきたからこそ、自分にしかない専門性が培われ、50代で組織を離れてフリーランスという道を選べたのです。

「一番」の会社は「今がピーク」かもしれない

――最後に、会社員を目指す就活生のために教えてください。誰もが「いい会社」に入りたいと考えると思いますが、会社の「良し悪し」を知るにはどうすればいいでしょうか?

池上 とても難しい質問ですが、良し悪しを知る指標になり得ると思うのは「社風」です。会社にはそれぞれの社風があります。いい環境、いい雰囲気、いい条件のもとで仕事ができていれば、おのずと社風もよくなります。

 では社風を知るにはどうするか。いちばんはその会社の「人」を見ることです。

 インターンや会社説明会など、さまざまな機会を作って、そこで働く「人」たちに触れてほしいですね。生き生きと仕事をしているか、前向きな姿勢で仕事に取り組んでいるか。会社や仕事に愛着や思い入れを持っているか。

 社風をつくり、それを継承していくのは社員たちですから、働いている人たちを見れば社風もわかります。

――会社選びで重要視されている「会社の将来性や発展性」を見極める方法はありますか?

池上 勤めている会社や入りたい会社が、将来的に大きく発展するのか、それとも先細りに下降していくのか。これまた見極めは難しいのですが、「前向きな柔軟性」があるかというのは重要な視点になると思います。

 会社が大きく成長し発展していくためには、適切なタイミングで「変革」を行うことが求められます。

 目の前の事業に取り組みつつ、将来を見据えた事業計画のなかで、ときには社会のニーズに沿った発想転換や業態のシフトチェンジを断行していく。こうした前向きな柔軟性のある会社は、先の見えない時代でも生き延びられるでしょう。

――そうした経営姿勢はどこで見極めればいいのでしょう?

池上 その会社の辿ってきた社史や事業・業態の沿革をひもといてみるのはひとつの手段になります。時代に合わせた社名変更が行われているとか、事業内容を転換してきたとか。

 そういう変遷が見える会社は、これから先も時代に沿ったシフトチェンジができる柔軟性があるかもしれません。社史や変遷にはその会社の過去だけでなく、将来性を推測する手がかりも載っているのです。

――時代が変わっていく以上、世の中が求めるものも変わっていく。それに対応できない会社は先細っていってしまうのでしょうか。

池上 かつて就職先としていちばんの花形だった石炭産業は、エネルギー革命を機に衰退の一途をたどりました。

 また一流企業の代名詞だった銀行が、バブル崩壊後にどうなっていったかは説明するまでもありません。

 航空会社も人気でしたが、今般の新型コロナの影響による移動制限もあって航空業界全体が危機に直面しています。

 学生のみなさんは、そのときに一番人気がある会社、一番勢いのある会社に行きたがります。でも会社も産業も「盛者必衰」です。そうした企業は「今がピーク」かもしれないという見方も持っておいたほうがいい

 今はどんなに元気でも、何十年先も同じように元気かどうかは別の話なのですから。これは私たち個人にも言えることかもしれません。

【次回に続く】

【大好評連載】
第1回 【池上彰】「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と後悔する社会人のための「学び直し」のコツ
第2回 【池上彰】「お金の増やし方」を学ぶ、たった1つの方法

池上彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、73年にNHK入局、報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、わかりやすい解説が話題になる。2005年、NHK退職以降、フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍。
2016年4月から、名城大学教授、東京工業大学特命教授を務め、現在も11の大学で教鞭を執る。
近著に『知らないと恥をかく世界の大問題13 現代史の大転換点』(角川新書)、『池上彰の世界の見方 東欧・旧ソ連の国々 ロシアに服属するか、敵となるか』(小学館)、『独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層』(文藝春秋)、『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』(すべてダイヤモンド社)などがある。
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