写真 加藤昌人 |
「9・11」は、中東を一気に世界政治の核心に押し出した。「西欧中心主義の、理屈が通り整然としたシステムの外側にこそ、地殻変動の震源がある」。長い停滞の時代にあった中東を見つめながら抱いた確信に近い予感が、ついに現実となった。
あれから5年――。イラク戦争と戦後処理の混迷のなかで、テロリズムの矛先は、ブッシュ、キリスト教から、内側へと向かい始めた。日替わりで起こる拘束、拷問、銃撃、爆破。「テロを使えば社会の仕組みを変えられると誰もが考え、むやみに使い始めた。政治の手順が大きく変わった」。
テロは、武器という物質ではなく、「思考そのもの」である。だから、伝播しやすい。テロ政治の実験場である中東は、デジタルなメディアを通じて世界に拡散する普遍的な危うさを、むき出しにしている。もはや論理や理念の一貫性はない。衝撃的な映像が、断片的な論理の間を埋めている。それは深刻な文明の危機なのだと、刻々と移りゆく情勢に目を凝らし、歴史・思想史に立ち返りながら、繊細で高度な言葉をもって、警鐘を鳴らし続ける。
日本からは遠い国々だ。これまでも無知や誤解に基づく荒唐無稽な、もしくは政治的思想が投影された、感情的な議論の対象となることがほとんどだった。論壇に登場した新星が、情報の質と分析の次元を一変させた。「日本と中東との落差と距離を、現実として理解することから始めてほしい」。
(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)
池内 恵(Satoshi Ikeuchi)●イスラム政治思想史研究者。1973年生まれ。東京大学文学部イスラム学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2004年から国際日本文化研究センター准教授。『現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義』で大佛次郎論壇賞を受賞。