みなさんは、「嘔吐恐怖症」を知っていますか? この症状は「乗り物に乗れない」「人と食事ができない」など、日常の行動を大きく制限することがあります。『「吐くのがこわい」がなくなる本』著者の山口健太さん(日本会食恐怖症克服支援協会代表)は、そうした症状に悩む方のために活動をしています。本記事では、嘔吐恐怖症の当事者で、山口さんの活動によって前向きな人生を送ることができるようになった経験をもち、自身もカウンセラーとなったさやかさんに話を伺いました。

【テレビで話題】吐くのがこわい病気と不安への向き合い方Photo: Adobe Stock

症状が原因で仕事を解雇に

山口健太(以下、山口):嘔吐恐怖症でさやかさんが大変だったことはなんでしょうか。

さやか:日常で大変だったのは、通勤の電車に乗れないことです。通勤途中で気持ち悪くなるので、何度も電車を乗り降りして通勤したり、どうしても乗れないときは1時間歩いて通勤していた時期もあります。さまざまな症状で仕事ができなくなって、働いていた職場を解雇になったこともあります。それは結構つらかったです。

 私生活でも、外食できないのはもちろんつらかったんですが、やっぱり趣味のライブ活動はすごく生きがいになっていたので、それが失われた上に友達の誘いを断り続けて、孤独を感じていたのもつらかったです。

山口:現在のさやかさんはそうした当事者経験をもとに活動されているんですよね。具体的な活動を教えてください。

さやか:活動は主に三つで、メッセージで相談をいただいてメッセージでお返事するのが一つ目、Zoomでカウンセリングをするのが二つ目、三つ目が当事者コミュニティーの運営です。

克服のために動いたことで、思考にも変化が

山口:それをできるようになるまで、さやかさん自身、克服のためにいろいろと大変なことがあったと思いますが、私の協会のことを知って、症状を克服するプログラムに参加してくださったんですよね。

 さやかさんは、対面のScrumという講座にきていただいたのがすごく印象に残ってまして、こぢんまりとしたお部屋を借りて克服に必要なことを講義したり、ワークする形でインプットしてもらいながら、それが終わったら毎月3~4人でご飯を食べましたね。

 やはりみなさん、食べるのは苦手なので、もちろん食べなくてもいいけど、食べてみるのを意識してもらって、さやかさんはラーメンをしばらく避けていたのですが、最後にラーメン屋さんに行ってみて、食べられたのを覚えていて。

『「吐くのがこわい」がなくなる本』でも書きましたが、暴露療法というのがあって、これは簡単に言うと「あえて苦手なことをすること」です。嘔吐恐怖症で苦手な場面があるんだったら少しずつ挑戦してみる。たとえば外に出るのが苦手で、吐しゃ物が道に落ちてるかもしれないから、まっすぐしか見れない人の場合、ちょっと周りの景色を見ながら歩いてみるのを、カウンセリングやプログラムでやってもらったりして、さやかさんの場合も同じ考えでプログラムを行いました。

さやか:私は山口さんの克服プログラムに参加して、症状の改善が見られたという変化はもちろんですが、ネガティブだったのがポジティブになったと思います。

 たとえば、失敗してもそれを失敗と捉えるか、これから成長できると捉えるかとか、パニック症や嘔吐恐怖症でつらかったとき、毎日に楽しみがなくて、自分はもう駄目な人間だと思って生きていたんですね。でも、毎日に楽しみを見つけたりとか、自分は価値のある人間だとプラスに捉えられるようになったりして、自分大好き人間になりました。

山口:すごくいいですね。よかった。

「好き、楽しい」の感情を大切に

さやか:プログラムを受け始めてから毎日、日記をつけているんですが、その日記の効果ですごくポジティブになったと思ってて。大きく二つ、つけていることがあって、一つ目が今日楽しかったことを振り返って、明日の楽しみを見つけておくこと、二つ目は今日頑張ったことを5個褒めること。この二つがやっぱりすごくポジティブ思考に変化したきっかけになったと思います。

 仕事を解雇されたり、大好きな音楽活動ができなくなったり、吐くのが不安で友達と遊べない、すごく寂しい日々を送っていたので、山口さんがカウンセリングで、「さやかさん、まずは楽しいことを1個見つけましょうよ」「さやかさんは何が好きですか」と聞いてくださったとき、私はやっぱりギターを弾いて歌うのが好きだと思い出したんですよね。なので、ライブはできなくても自宅で1人でギターを弾いたり、お客さんの前に出なくても自宅でライブ配信をするスタイルを見つけて、そこですごくプラスの考えができるようになって、ポジティブに変化したと思います。

山口:最初のころのノートと今のノートって違いますか。

さやか:全然違います。最初は、自分は駄目だな、情けないな、悔しいな、つらいなという日記でした。でも今は自分のことをたくさん褒めて、明日の楽しみを見つける、プラスの日記になってます。たとえば、朝早く起きたとか、洗濯物を干したとか、本当に日常のささいなことを褒める感じです。

 うつ病で自殺を考えていた時期もあって、山口さんに相談したこともあったんですが、生きてるだけで偉いとか、よくなりたいと思って山口さんに連絡しているだけですごいとか、そういう行動を褒めてた時期もありました。自分の存在を認めてあげて、自己肯定感が高まったので、やっぱりポジティブな思考に変化したんじゃないかなって思います。

「不安」への向き合い方

山口:さやかさんは本当にすごく吸収力があって、素直で、こういうことをやってみたらいいと思いますと言ったことを必ずやるタイプ。

 たとえば、こういうふうなことしてみてねと言うと絶対にやるし、しかもやったことをメールで教えてくれたので、そういうふうになったんだったらこういうふうに次やってみたり、考えてみたらいいとフィードバックができました。そこはやっぱりさやかさん自身の行動の成果で、取り組み方が素晴らしかったと思います。

さやか:ありがとうございます。

 そうした行動を続けて、パニック発作はもう1年ぐらい出ていなくて、薬も飲んでいません。ただ、嘔吐恐怖症と広場恐怖症はまだちょっとあって、特に外出先で気持ち悪くなったらどうしようって浮かんだり、緊張する場面で気持ち悪くなったらどうしようという不安は、やっぱり浮かぶことはあります。

 でも、プログラムを受ける前と後だと不安の度合いが違って、前は不安になっちゃいけない、不安をゼロにしたい気持ちが強かったんですよ。でも、山口さんからたくさん学ばせていただいたなかで、不安はそもそも消えないし、不安はあってもいいんだよと教えてもらって、不安でもいいんだと思えるようになったんですよね。

 なので、不安を受け入れられて、不安になりやすい体質というありのままの自分を受け入れられたことで、結果的に不安が軽くなったんじゃないかなと思います。

 多分、不安をなくそうと思えば思うほど、不安って強くなると思うんですよ。症状も吐き気をなくさなきゃって思えば思うほど、吐き気が強くなってしまうので、不安でもいいし、気持ち悪くなってもいいし、仮に吐いてもいいかって思えるようになったことで、結果的に不安になりにくくなりました。

不安はあって当たり前

さやか:相談者さんの多くに共通していることとして感じたり、自分を振り返ってみて思ったことなんですが、嘔吐恐怖症や会食恐怖症に悩むのは、こんなことで不安になる自分は変だとか、恥ずかしいとか、食べられない自分は情けないという感じで、自分を責めて自己肯定感が低い状態の人が多いと感じます。

 これを逆に言うと、苦手なことがあってもいいとか、不安なことが多くてもいいとありのままの自分を認めて、自己肯定感を高くしていくと症状が出にくくなったり、不安が軽減されていくんじゃないかなと思います。

 あともう一つ、私もそうだったんですが、自分に厳しいのも要因の一つかなと思っていて、たとえば人前で吐いてはいけないとか、食事を残してはいけないという価値観を正しいと思っていて、その価値観を尊重して吐かないようにとか、残さないように自分に厳しく頑張っている傾向にあるのではないかなと思います。吐いてはいけないと思えば思うほど、吐き気は強くなってしまったり、残してはいけないと思えば思うほど、プレッシャーで食べられなくなるので、私は吐いてもいいし残しても大丈夫と思ってみることから始めました。

山口:さやかさんは当事者として、自己肯定感が低かったり、自分に厳しくて症状を持たれている方が、少しでも過ごしやすくなるために、どんなことを取り入れたらいいと思われますか。

さやか:まず一番は、不安を受け入れて自分を褒める。これは私もこれからも続けていきたいと思ってます。症状を抱える人の多くがきっと、不安にならないようにしたいとか、症状が出ないようにしたいと考えているとて思うんですよね。もちろん不安がなかったり、症状が出ないほうが楽に、楽しい生活が送れるとは思うんですけど、生きている以上、何らかの不安はあるじゃないですか。私は生きている以上、不安とか症状があっても当然だよねと思うようにしてます。

 なくそうと思えば思うほど、不安や症状は強くなると学べたことも、大きな気づきだったと思うので、そこを皆さんにも知ってもらうのがいいと思いました。具体的には、私だったら不安だよねって自分に優しく言ってあげたり、そりゃ緊張してるんだから気持ち悪くなるよねと自分に言ってあげて、ありのままの状態を受け入れてあげるようにしてます。

 不安とか症状は、マイナスの感情に捉えがちだと思うんですけど、それをあえてプラスの感情に捉えてみることも山口さんから学んで、実践していました。不安は苦手なことにチャレンジしているからなんだよとか、不安なのは挑戦している証だと捉えて、チャレンジしてて偉いねって自分を褒めてあげました。

山口:私も「不安でもいい」と思えることが重要だと思っていて、カウンセリングでもそういう大事なことは何回も言っていいと思っています。たとえば、1回目のカウンセリングで言って、2回目でももう一回言うのも大事だと思ってます。

 あとは、フィードバックしてあげることも大事だと思ってて、こういうことをやったけど不安になりましたとか、そういう感想はやっぱりあるんですけど、さやかさんがおっしゃってくださったように、行動できたことがすごく素晴らしいとか、チャレンジしたから不安は出てきたと話します。そして、不安に対する耐性がつくと、行動も広がるんですよね。不安になりそうだからできないとなっていたのが、不安になってもいいし、不安があるのは別に悪いことじゃないんだとなると、行動とかチャレンジの範囲が広がるので、そうするとさらなる好循環で、できることが広がったり、自信になることも増えていって、成功体験が積み重なって、だんだん改善していきます。

身近に嘔吐恐怖症の方がいたら?

山口: 当事者目線で、嘔吐恐怖症の当事者に対して、どういう接し方をするのが一番良いと思いますか。

さやか:私が声を掛けてもらえたらうれしいのは、体調悪かったら休んでいいよとか、無理しなくていいよとか、自分のペースでいいよと言ってもらえると、行動範囲が広がるんじゃないかなと思います。

 私自身、相手に迷惑をかけてはいけない気持ちが強いと思うんですよね。体調が悪かったらちょっと休憩していいよとか、お手洗いに行ってきていいよと言ってもらえる環境に身を置くだけで、安心してチャレンジしてみようと思えます。

当事者が生きやすくなる考え方

山口:当事者の方は、先ほどの「不安でもいいと思えること」にプラスアルファすると、自分を責めないことが生きやすくなることに繋がるのかなと思います。

 私も会食恐怖症のときに思っていたのが、普通だったら食べることができるはずなのにとか、みんな楽しみなことなのにとか、なんでこんなことで悩んでるんだと自分を責めていたんですよ。嘔吐恐怖症を抱えている方も、これだけの恐怖を持っていることに対して、自分が駄目だとか、自分が良くないんだと責めちゃうことがあると思います。そして、克服のための練習とか、本の内容を実践しなきゃとか、克服のために行動しなきゃと考えてる人が多いのですが、その前にやっぱり責めないことだと思うんですよね。できない自分すら責めがちな方には、そもそも責めるって選択肢をなくしてほしくて、さっきさやかさんが実体験でおっしゃってくださったように、たとえば本を手に取ってみただけですごく勇気のあることで、素晴らしいことだと伝えたいです。

【著者】山口健太(やまぐち・けんた)【テレビで話題】吐くのがこわい病気と不安への向き合い方
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事、カウンセラー、講師
2017年5月に同協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授、はるの・こころみクリニック院長)
自身が社会不安障害の一つの「会食恐怖症」に悩んだ経験を持ち、薬を使わず自力で克服する。その経験から16年12月より会食恐怖症の方への支援活動、カウンセリングをはじめる。その中で関連症状の「嘔吐恐怖症」の克服メソッドを研究。これまで1000人以上の相談に乗り改善に導いてきた。主催コミュニティ「おうと恐怖症克服ラボ」では、会員向けに克服のための情報を発信している。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)、『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)などがある。

一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会 ホームページ
https://kaishoku.or.jp/

さやか

会食恐怖症克服支援プロカウンセラー
嘔吐恐怖症・会食恐怖症・パニック症の当事者経験を持つ。
克服に向けて取り組んでいく中で自分自身と向き合っていくと「こんなことで不安になる自分は情けない」「食べられないことはダメだ」など、自分を否定的に見てしまうクセを持っていることに気づく。

そのような自身の経験を生かし、薬を使わない認知行動療法を中心に、自己肯定感を高める方法をお伝えしながら、一人一人に寄り添うスタイルで克服支援・カウンセリング活動・当事者コミュニティの運営を行う。相談件数は年間1500件超え。不安や恐怖をコントロールしながら、リラックスして会食・外出できるようになる支援のほか、自分を好きになることで「自分らしく楽しく生きられるようになる方法」を伝えている。

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