本多正識

沈黙が気まずい、自己紹介が苦手、初対面の人と会話が続かず疲れる……。そんな、「コミュニケーション」の悩みが尽きない人にぜひ読んでもらいたいのが、2022年12月に発刊された話題の書『1秒で答えをつくる力 お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術』だ。著者は、お笑い芸人たちをこれまで30年間指導し続けてきた伝説のお笑い講師・本多正識氏。本書は、ナインティナインや中川家、キングコング、かまいたちなど今をときめく芸人たちがその門を叩いてきた「NSC(吉本総合芸能学院)」で本多氏が教えてきた内容をビジネスパーソン向けにアレンジしたものだ。合計48の実践的なハウツーは、就職面接や取引先への自己紹介、普段の打ち合わせなど、「限られた時間で自分の考えを伝えなければならない場面」で大いに役立つだろう。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。本多氏に、「緊張感の対処法」について教えてもらった。(取材・構成/川代紗生、撮影/梅沢香織)

ベテラン芸人のメンタルを整える裏技

――大勢の人の前で芸を披露するのって、相当な勇気が必要だと思います。まったく笑わないお客さんばかりのときもきっとあると思うのですが、芸人さんたちはどうやってメンタルを保っているのでしょうか?

本多正識(以下、本多) 「お笑い芸人」といっても人間ですから、メンタルが特別強い人ばかりじゃないです。

――芸人さんでも、心が折れることはあるんですか?

本多 もちろん、あります。日々、心を折られながら、なんとか続けている人の方が多いんじゃないでしょうか。全国各地にある吉本興業の漫才劇場では、ほぼ毎日何かしらの公演をやっていますが、なぜか、1年に数回は、何を言ってもウケない日があるんです。

 あのオール阪神・巨人さんや、桂文珍さんが舞台に立っても、全然、大きな笑いが起きない。空気が重くて、どうにもならないんですよ。

――そんなベテランの方が出ても空気が重いことなんて、あるんですね。何をやってもウケなかったら、不安になって空回りしてしまいそうですが……。

本多 実はオール巨人さんは、対策をされています。舞台に上がるときは、度が入っていないガラスのメガネにかえるんです。だから、ネタを披露している最中、前から3列目以降はぼんやりとしか見えていないんだそうです。

――ええ! わざと見えなくするんですか?

本多 どーんと大ウケしたときでも、客席の中で、必ず何人かは、笑わない人がいるものです。あまり表情に出ていないだけで、内心では面白がってくれているかもしれませんが、一度「あの人、笑ってない!」と意識し出すと、調子が狂ってしまうんだそうです。

 ネタを披露しながらも、頭の中でもう一人の巨人さんが「笑いにきてるはずなのに、どうしてあんなに難しい顔してるんだろう?」「楽しんでくれてないのか?」という考えが止まらなくなる。

 普段、使っているメガネだとお客さんの表情がくっきりと見えてしまうから、気になるのでそういう対策をされてるそうです。

――わかる気がします。ビジネスの現場でも、プレゼン中に反応が悪い人がいたりしたら、不安になって空回っちゃいますよね。

本多 そうですよね。お笑いの世界、ビジネスの世界にかぎらず、人前で話すというのは、大変なことだと思います。

 吉本を代表する大ベテランのオール阪神・巨人さんでも、笑わないお客さんを見ると調子が狂うんだから、ほとんどの人は平常心を保てなくて当たり前だと思うんですよ。

 だから私は、プロであっても生徒であっても、ネタを考え、覚え、稽古をして漫才やコントを発表する子たちには、うまいへたにかかわらず、みんなに敬意を抱き、リスペクトしています。本当にすごいことですよ、大勢の人を笑わせるというのは。