ヒト・モノ・カネ・情報に次ぐ第5の経営資源「コミュニティ」とは

欧米を中心にこれまで当然とされてきた株主資本主義に代わって、「ステークホルダー資本主義」が広がりつつある。そこで注目されるのが、多様なステークホルダーとの接合点としての「コミュニティ」である。ヒト・モノ・カネ・情報に次ぐ第5の経営資源ともされるコミュニティとはどのようなものなのか。企業経営にどのように活かしていけばよいのか。2023年4月に発刊された『パワー・オブ・チェンジ』(ダイヤモンド社)で第3章のリードを担当したモニター デロイト、ディレクターの檀野正博氏と、同シニアマネジャーの井上発人氏の言葉から、その概要を紹介する。

檀野正博│Masahiro Danno

モニター デロイト ディレクター

専門は、自動車、電機、保険、不動産などの幅広い業界におけるイノベーション戦略立案、新規事業創出支援(Business Produce)、イノベーション創出のための組織・機能の変革支援、企業、産業間のアライアンス支援(Ecosystem)など。モニター デロイトの新規事業創出関連オファリングInnovation&Venturesをリードする。「イノベーションマネジメントフレームワーク」の開発担当者でもある。

井上発人│Hatsuto Inoue

モニター デロイト シニアマネジャー

専門は、モビリティ、通信、保険、消費財などの幅広い業界の大企業に対する、次世代の事業の柱の創出を目的とした中長期のイノベーション戦略立案から具体的な新規事業の開発や立ち上げなど。モニター デロイトのジャパンメンバーとして、イノベーション戦略プラクティスのCo-leadを担当。モニター デロイトのイノベーションデザイン専門部隊であるDoblinの日本におけるサービス展開にも従事する。

ステークホルダー資本主義で注目されるコミュニティ

 企業としての使命、それは持続的な価値の創出であり、従業員や取引先、顧客、地域社会などすべてのステークホルダーの利益に配慮する存在としての意義を示すことである。これがステークホルダー資本主義の基本的な考え方だ。

 そんなステークホルダー資本主義経営の好例の一つがセールスフォースである。2020年のダボス会議において、同社会長兼創設者のマーク・ベニオフ氏は、株主利益の最大化のみを追求してきたことが格差の拡大や地球環境の危機を招いたのであり、ビジネスが世界を変えるためのプラットフォームとなるのが新しいステークホルダー資本主義であると語っている(注1)。

注1:セールスフォースWebサイト「ダボス会議ハイライト ステークホルダー資本主義と持続可能な未来のビジョン」(2020年3月23日)

 ステークホルダーとの関係性を強化する取り組みとして、同社は「トレイルブレイザー(先駆者)」というコンセプトを掲げている(注2)。「善き行いと成功はビジネスの必須要素であり、価値観は世界を変えるための最も強力なエンジンになる。これを牽引するのが、トレイルブレイザーなのだ」(注3)とベニオフ氏が言うように、セールスフォースとトレイルブレイザー、あるいはトレイルブレイザー間の対話を何よりも重視した結果、セールスフォースに関わる全世界の人々が集まり情報や意見を交換するコミュニティがつくり上げられた。それが「トレイルブレイザー コミュニティ」である。

注2:マーク・ベニオフ他『トレイルブレイザー:企業が本気で社会を変える10の思考』(東洋経済新報社、2020年)
注3:セールスフォースWebサイト「『1-1-1』という社会貢献モデル その社会的価値とマーケティング効果」(2016年1月14日)

 セールスフォースの取り組みは、ステークホルダー資本主義の真価を世に示すものである。同社は、企業側からの一方通行的な「発信」ではなく、ステークホルダーとの双方向コミュニケーションを通じて、よりヒューマンセントリックな信頼に基づく関係性を形成することを見通している。その上に、同社の活動に対してステークホルダーが主体的に関与すると考えているからだ。同社の意思決定は、「多様なステークホルダーと有機的な共同体を構築する」という未来の姿を実現することに向けられているのである(図表1)。