たとえば、仕事で失敗して落ち込んだときは、

「ミスした――と私は思った」

「私は失格だ――という思いが湧いてきた」

「この仕事は向いていない、やめようかな――と考えた」

 怒りを感じたときは、

「(イライラ)――してきた」

「アタマに血が上るのが、わかった」

「胸がざわつくのを○○(自分の名前)は感じていた」

 といった感じです。

 イヤな過去を思い出したときは、

「――と記憶がよみがえってきた」

「――という妄想が今湧いた。過去という妄想である」

「○○(自分の名前)の心は、ときおり妄想に覆われることがある」

 みたいな言葉をつなげます。

 小説家のように表現に凝ってもよいですが、凝りすぎると悩みが増えかねないので、ここでもパターン化するようにします。単純が一番です。

(2)いつも自分を観察する

 一般に言われる「冷静なひと」とは、状況を客観的に観察できるひとを言います。反応しないようにしようと思えば、日頃から客観的に観察するクセを身につけることです。

 そのために実践するのが、「自分中継」です。さながらライブ中継するアナウンサーのように、自分の日常を観察して言葉にするのです。

「今、目覚ましが鳴りました。かなり眠いです。二度寝します」

「今、通勤中です。時間が気になっています」

「今、私は遅刻しつつあります」「ほぼ遅刻確定です」

「今、私は叱られています」「肩身が狭いのを感じています」

「今、私は落ち込んでいます」

 こうして自分の姿を観察(ライブ中継)します。落ち込まずにすむ気がしてこないでしょうか。

(3)ひとに気づいてもらう

 こうした工夫は、ひとに頼むこともできます。

 友だちや家族に、「私の姿に〈と言葉〉をつけてね」と頼むのです。

 あなたがネガティブ反応に入って、愚痴や妄想を始めたら、周囲のひとは、「と思っている」「と妄想している」とつっこんであげます(仲のよいひとに頼んでください。「あんたに言われたくない」と反応しては無意味です)。

〈と言葉〉は、「そうなんだよねえ」と自分も納得できる、すなおな言葉が理想です。シンプルに行きましょう。

 ひとはつい、期待や思い込みや怒りなどの反応に乗っ取られてしまいます。

 すぐさま悩みのドツボにハマってしまうのです。

 そうした展開を避けるために、徹底して「自分を客観的に見る」工夫をするのです。

 結果的に、心に余裕が生まれます。そこから「では、どうすればいいかな?」「どう進めていこうかな?」と考えていくのです。

 悩みは、アタマが作り出した反応です。その反応は、隣にいるひとには見えません。つまり幻です。

 他人に見えないのなら、自分だって見なければいいのです。消せるものは、消していい。片づけて、スッキリしちゃえば、解決です。

 ひとは、簡単なことを難しく考えすぎているのかもしれません。

 反応しなくていいし、引きずらなくていいことを、わざわざ作り出して、勝手に悩んでいるのかもしれません。

 なぜ?――気づかないから。自覚していないからです。

 ここまでにお伝えした片づけ方は、「なくていい」悩みを文字通り「ない」状態に変えてしまう究極の方法です。

「あるようでないもの、ないのにあるものって、なんだ?」

 答えは「悩み」です。

 人生のどこかで「ナゾ解き」を完成させたいものです。

「あれ、私、悩んでないじゃん!」と、ふと気づく瞬間が、きっと来ます。