ウィン・ウィン、つまり「勝つ」ことを考えているとき、人は目の前の課題をどうするかを優先し、相手を大切にし、リスペクト(尊重)する気持ちはどこかに飛んでしまいがちです。

 そうなれば、相手を大切にしているつもりが、相手をがまんさせていたということにもなりかねません。

 コミュニケーションは、ビジネスであろうとなかろうと、「取引」するためだけではなく、関係をつくり、つなぎ、互いに支え合うためにもあるのです。

 人間同士の関係性をベースに、アサーティブに互いの事情を伝え合う。

 互いに自分のためにも相手のためにもよりよい方向を探り、力を出し合う。

 それは勝ち負けの問題ではなく、よりよい道をつくり、互いの創造性を発揮することであり、コミュニケーションの基本と言えるでしょう。

 アサーティブなコミュニケーションは、「前回は私が譲ったから、今回はあなたが譲る番」といった取引ではなく、いつでも「どちらも大切に」という姿勢でかかわることです。

アサーティブな自己表現を
するためのコツとは

 アサーティブな自己表現の第一歩は、自分の考えや気持ちをそのままつかんでみることです。それを伝えるかどうか、どう表現するかは、そのあとに考えます。

 たとえば、しめ切りまでにはできない仕事を頼まれたとき、

「命令された仕事は引き受けるべきだろう(でも、今は無理。困った……)」

「事情を言っても怒鳴られるだろう(いつもそうだから、結局従うことになり、嫌な気分になるだけだ。怒鳴らないでくれないかな……)」

「断ったら生意気だと思われるかもしれない(だけど、自分の状況を聞いてほしい)」

 このように、置かれた状況や相手のことを考えるのと同様に、自分の状況や気持ちも、探ってみましょう。

 自分の中にはそのとき、「困った」「怒鳴らないでほしい」「聞いてほしい」という気持ちがあることがわかります。

 このように両方が見えてくると、「これも伝えてみることはできないか」と冷静に相手の立場も考え、伝え方の見当をつけたくなります。

 自分の正直な気持ちが明確になると、それを伝えてみなければ話は始まらないこともわかるでしょう。

 また、相手のことを一方的に想像しただけでは、その通りとは限らないし、必ずしも相手を大切にしたことにはならないでしょう。

 アサーティブな自己表現は、まず、「自分の気持ちや考えをつかむ」ことから始まると心得ましょう。

 では、つかんだ自分の気持ちはどのように伝えるのでしょうか。

「久しぶりに友人と夕食の約束をしていて、そろそろ退社しようとしていたら、上司から急な残業を頼まれた」という場面で考えてみましょう。

上司「明日の会議で追加資料が必要になった。君が担当した案件だから、君に作ってもらいたい。2時間もあればできると思うけど、残業頼むよ」

部下「(困ったな……あの仕事だし責任がある。ただ、できれば断りたいので、とりあえず、自分の事情を伝えてみよう)昨日、出した書類ですね。実は今日これから、久しぶりに会う友人と夕食の約束があるんです」

上司「そうだったのか。君に頼めると助かるんだけどね。どうにかならないだろうか」

部下「そうですね(断られたら上司も困るのはわかるな……。だけど友だちとの約束はキャンセルしたくない。やはり今日は約束を優先して、明日早く出社してやることを上司に提案してみよう)。本当に久しぶりのチャンスなので、できれば今日は早く帰りたいと思います。明日の朝早く出てきて準備するのでもかまいませんか」

上司「明日の朝か……。会議は10時からだから少し早く出てきて作ってくれれば、それでもいいよ。よろしく」

部下「そうします。ありがとうございます」

 自分の事情や気持ちが明確になり、それを伝えようとすると、上司の事情もわかり、上司の立場も尊重しながら歩み寄りの提案をすることができます。

 自分の気持ちを大切にして初めて、このようなやり取りが生まれます。上司も部下の意見を受けとめて、問題が解決しています。

 自分の気持ちを明確にしたら、大切にすることを心がける。

 そうすると、自分も相手もがまんしないコミュニケーションが生まれ、互いに歩み寄ることができ、葛藤の解決につながります。