実態調査から見えてきた企業の意識

 伊藤さんが所属するWorks Human Intelligenceでは、昨年2022年12月、企業の役職者を対象とした「人的資本に関する意識の実態調査(*2)」を行った。各企業の社内において、人的資本という観点でどのようなテーマがクローズアップされ、議論されているのかを調べたものだ。

*2 株式会社Works Human Intelligence「企業の役職者を対象とした人的資本に関する意識・実態調査」 調査期間:2022年12月22日~2022年12月26日 調査対象:従業員数300名以上の「人事・教育」役職者(役員、部長、課長)523名 調査方法:インターネットを利用したアンケート調査

伊藤 まず尋ねたのは、「人的資本にまつわる重要性や課題に関し、経営レベルで常に議論されているテーマ」について、です。

 最も多かった回答(複数回答)は「新卒採用数の確保(31.9%)」でした。あらゆる業種業界において人材不足が深刻化しているなか、経営にとっての最重要課題が人材の採用と確保です。「20代から30代の層が定着しないと、10年後20年後にまずいことになる」という危機感が伺えます。また、若手社員のほうが人的資本投資の効果が出やすいということもあるでしょう。最近はオンラインラーニングなど、若手社員が手軽にキャッチアップできる環境やツールも整ってきました。

 2番目に多かった回答(複数回答)は、僅差で「業務生産性の向上(31.5%)」でした。いまいる人材がスキルアップやレベルアップして現場の生産性をどうやって高めるか、という問題意識です。そのため、中期経営計画などでDXへの取り組みを掲げるケースが増えており、これもまた、多くの会社にとって正面から取り組むべきテーマであることが分かります。

 3番目は、「女性管理職比率の向上、男女間賃金差異の縮小(28.7%)」です。これは以前から、先行している有名企業が目立っていましたが、管理職などの指導的地位に占める女性比率を30%にする(*3)という政府方針があり、目標というよりも義務に近いテーマになっているようです。「女性管理職を増やすためにはどうすればいいのか」といった活発な議論が行われたり、具体的な施策が各社で準備されつつある印象を受けます。

*3 内閣府男女共同参画局「第5次男女共同参画基本計画」など参照

 調査結果を見ると、「議論されていない」テーマからも、企業のリアルな現状が伺い知れる。

伊藤 議論されていないテーマとしては「副業の許可、副業者の受け入れ(35.8%)」がトップです。昨年(2022年)、厚生労働省から副業の状況について開示を義務付けるルールが出されましたし、昨今は多様な働き方がクローズアップされています。しかし、副業を行う社員は大企業においても全体に影響を与えるほどの人数にまでは至っていないようです。

 議論されていないテーマの2番目は「中高年社員の定着、離職リスクへの対応(25.0%)」です。中高年社員の離職リスクなどは、それほど大きな「課題」になっていないことが分かります。

 3番目が「デジタル人材の育成、確保(18.0%)」です。そもそも、デジタル人材の育成の前に、DXで何をするのかが明確になっている必要があります。デジタル人材やデータサイエンティストを採用したり、人材確保のためにジョブ型雇用を取り入れる会社も増えていますが、正直なところ、まだ少数に限られているのでしょう。これら、社内で議論されていないテーマは、実態よりもマスコミの報道が先行しているのかもしれません。