「就業規則」は、各企業・団体における雇用の“基本ルール”であり、その中身は法定の必要記載事項を中心にしたもので、どの企業もほとんど同じものと思いがちだ。しかし、「就業規則」は四角四面にとらわれることなく、可能な範囲で自由に作ることができる。さらに、取り組み方の工夫次第では、「就業規則」が人事戦略を示唆したり、社内の雰囲気を変えたり、人材採用や組織作りのツールになったりすることもあり得るのだ。社会保険労務士として、多くの企業の労務管理や人事制度、組織作りのコンサルティングを行い、多数の書籍の著者として知られる、株式会社エスパシオの下田直人さんに、「人が集まる会社」となる「就業規則」の作り方や生かし方を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)
「人が集まる会社」「人が逃げ出す会社」の違いは?
労働基準法によれば、事業所単位で常時10人以上の労働者を使用する雇用主は「就業規則」を作成し、労働基準監督署に届け出なければならない。そのため、多くの企業では法律の要件を満たすことを優先し、雇用に関するトラブルを未然に防ぐことを「就業規則」の目的とするケースが多い。しかし、下田さんは、それだけではもったいないと語る。
下田 今後、労働市場で人手不足が深刻化していくことは避けられません。また、会社の競争力が生産設備などのハードではなく、人材を中心としたソフトによって左右されようとしているなか、「就業規則」もそのひとつで、人事戦略や経営戦略のためのツールと位置づけて取り組めば、工夫次第では、ますますその重要性や可能性が高まっていると感じています。
その状況を、私は「人が集まる会社」と「人が逃げ出す会社」との対比として説明しています。
「人が集まる会社」とは、「この会社では安心して自分の意見を言える」「社内の人と話をしているとワクワクする」「刺激があって自分も頑張ってみようと思える」などと社員が感じる会社です。そうした会社は社員の定着率が高く、知名度や待遇が他社並みでも人材採用に困っていない傾向があります。
逆に、「人が逃げ出す会社」とは、何かにつけて「あれはダメ!」「これはしてはいけない」という言い方や考え方があり、経営層と社員、あるいは社員同士が損得勘定で動いている傾向があります。
双方を分けるいちばんの違いは、社員の“心”が動くかどうか、“心”が温まるかどうか、です。こう言うと情緒的で掴みどころがないと思われるかもしれませんが、人間は感情の生き物です。会社の経営や人事において、社員の感情の変化・心の動きは極めて重要なファクターなのです。
「人が集まる会社」と「人が逃げ出す会社」を作り出す根本的な違いは何か――「基本的には、経営者の姿勢」だと、下田さんは指摘する。
下田 弊社のクライアントは中小企業が多く、当然ながら、経営者の心構えや価値観が組織にストレートに反映されます。ただ、それは大企業でも同じだと思います。経営不振や不祥事などをきっかけに、外から見ても劇的に大企業が変わることがありますが、それは経営トップの決断と行動によるものですから。
経営トップの心構えや価値観は、経営方針などの公式文書や日常での言動に表れるだけではありません。「就業規則」における表現やオフィスの雰囲気など、あらゆるところににじみ出てきます。
例えば、有給休暇についての「就業規則」内の表現で言えば、「有給休暇は3日前までに申請しなければならない」という表現と、「3日前までに申請することで有給休暇を取得できる」という表現では、伝えていることは同じですが、社員の受け止め方は異なるでしょう。「就業規則」における言葉の使い方ひとつにも、その会社の心構えや価値観が表れるのです。
下田直人 Naoto SHIMODA
株式会社エスパシオ/社会保険労務士事務所エスパシオ 代表取締役
特定社会保険労務士
人事労務アドバイザー
エグゼクティブコーチ/ディスカッションパートナー、組織活性ファシリテーター、原田メソッド認定パートナー
2002年28歳の時に社会保険労務士事務所を開業。現在では、労働法務、心理学、東洋哲学をベースとして、コーチング・ファシリテーションのテクニックを駆使しながら、「人の心を温める組織づくり」に活動領域を広げている。社会保険労務士として企業に対して労務管理のアドバイスを行う他、経営者のディスカッションパートナー、会議ファシリテーション、就業規則の作成、経営理念作り、パーパス・バリュー作り、従業員研修などを手掛け、多くの会社の業績アップと幸せな組織作りの両立に貢献している。著書多数。