急速に進む「人的資本経営」の流れは人事部門にとって大きなチャンス

近年、企業経営におけるキーワードとしてクローズアップされているのが「人的資本経営」だ。日本では2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」をきっかけに、いまや、岸田政権が掲げる経済政策「新しい資本主義」における目玉施策となっている。上場企業はもとより、すべての日本企業にとって「人的資本経営」への対応は待ったなしの状態であり、人事部門にとっては新たな“黒船”出現の感さえある。今回は、さまざまな企業の人事部門と関わりがあり、「人的資本経営」の本質を伝え続けている伊藤裕之氏(WHI総研シニアマネージャー)に、その現状と人事部門の望ましい対応について伺った。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)

遠い世界の「話題」が身近でリアルな「課題」になった

 最近、ビジネス系のメディアで「人的資本経営」や「人的資本の情報開示」についてのニュースや記事を見ない日はほとんどない。それくらい、「人的資本経営」は企業経営における大きなトレンドになっている。しかし、少し前までは、多くの企業や人事部門の現場で、“どこか遠い世界の話題”という感覚だったのではないだろうか。

伊藤 そもそも、日本で「人的資本経営」が注目されるようになったきっかけは、2020年9月の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」、いわゆる「人材版伊藤レポート」の公表でした。その頃には多くの企業が、「どうやら“人的資本経営”という新しいトレンドが押し寄せてきている」といった認識を持つようになったといえるでしょう。ただ、多くの企業にとっては実体感を持ちづらく、自分たちにはまだ関係ないという感覚だったと思います。

 ところが、昨年2021年10月に発足した岸田政権が「新しい資本主義」を掲げ、「企業の人材投資の見える化」「非財務情報の開示ルール策定」といった方針が次々と打ち出され、一気に空気が変わりました。

 そして、今年2022年8月下旬に「人的資本可視化指針」が公開されました。特に上場企業の間で「我が社の人的資本経営の現状と今後の取り組みについてすぐにまとめなさい」「公表できるところからどんどん出していこう」といった命令や意思が経営層などから示され、経営企画部門や人事部門が相談や対応に追われているという話を耳にするようになりました。

「人的資本開示」については、すでに米国では2020年にSEC(証券取引委員会)が人的資本情報の開示を義務化しています。それに伴い、2018年に国際標準化機構(ISO)が公表した「ISO30414」の人材マネジメントの11領域について、数値による情報開示のための58のメトリック(測定基準)も注目されるようになりました。

伊藤裕之

伊藤裕之 Hiroyuki Ito

株式会社Works Human Intelligence  / WHI総研 シニアマネージャー

約20年にわたり、日本の大手法人の人事システム導入および保守を担当。約100社の人事業務設計・運用コンサルティングに従事。WHI総研のシニアマネージャーとしては、自身の経験およびWHIの顧客約1200法人グループから得られる事例・ノウハウを分析し、人事制度や人事トレンドの情報収集・研究分析・提言を行っている。