シニア社員の“パラレルキャリア”が個人と組織にとって大切なのはなぜか?

ここ数年、「キャリア自律(Career Self-reliance)」という言葉が目立つようになった。コロナ禍や慢性的な労働力不足によって体力をなくした企業は先行きが不透明となり、雇用される側は、仕事のスキルを上げて、エンプロイアビリティ(雇用される能力)を高めなければならない。昨年2022年10月刊行の書籍『個人と組織の未来を創るパラレルキャリア ~「弱い紐帯の強み」に着目して~』の著者・中井弘晃先生(明海大学 総合教育センター/専任講師)は、「キャリア自律を促進する方法のひとつが、人との交流を伴う“学びのパラレルキャリア”の実践」だと論じる。個人と組織の双方にメリットのある「パラレルキャリア」とは何か? 中井先生が教壇に立つ明海大学(千葉県浦安市)のキャンパスで話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

不遇や挫折経験も次の行動のきっかけになる

 キャリア理論・キャリアカウンセリングを専門分野とする中井弘晃先生は、一般企業での35年間の勤務を経て、2019年に大学教員となった。ビジネスパーソン時代は国内外3回の出向経験とともに、調査・渉外、財務・IR、事業計画・管理、人事という4つの専門領域を持ち、経営学修士(MBA)とカウンセリング修士という2つの修士号を取得している。オールラウンドプレーヤーと言うべき、華々しいキャリアのようだが……。

中井  会社勤めだった私は、40代半ば以降、不本意な思いや挫折をたくさん経験しました。親会社出向後、本社勤務に戻れずに、台湾の子会社にそのまま出向となりました。半年たって、気持ちを切り替え、「いよいよこれから」というときに、妻の深刻な病がわかり、介護離職も覚悟して帰国しました。幸い、妻の病状は重篤にならずに済んだのですが、復帰先での私の居場所がなくなってしまったのです。本社に籍はあるものの、やることのない無任所状態。関連会社への転籍の話もあったのですが……それよりは、自分のやりたい「人材育成」の仕事に就きたいと考え、新たな「学び」を始めました。キャリアカウンセラーになって、定年後も長く社会や人の役に立ちたい、と。そして、仕事と並行して社会人大学院に通い、スキルを身につけ、それを生かせる人事部にも、自分を評価してくれた先輩(弱い紐帯)の推薦もあって異動できました。しかし、今度は、親会社との兼ね合いで、キャリア相談室などの人事機能がなくなってしまったのです。せっかく、自分に合った、自分ができる仕事で会社に貢献できると喜んだのも束の間でした……。ぎりぎりまで貢献の可能性を模索しましたが、道は見つからず、やむを得ず、早期退職を決断。それが58歳のときです。再就職のあてはありませんでしたが、目指す方向に進もうと決意しての決断でした。キャリアの「第2章」では、まず、シニアの対極の若者の教育に携わりたいと考え、大学教員職に絞って応募しました。ほとんどの大学で年齢だけで門前払いとなりましたが、幸運にも明海大学の専任講師に採用され、目指す道に向けて一歩前進できました。ビジネスパーソンとして上りつめ、求められたかたちでの「華麗な転身」ではありません。いわば、右も左もわからない一兵卒のオールドルーキーで、特に初年度は失敗の連続でした。4年たった現在(いま)も、どのように伝えれば学生が興味を持って聴いてくれるか、わかりやすいかを考え、試行錯誤する日々です。

 そうした経歴で教壇に立つ中井先生は、研究対象である「パラレルキャリア」を次のように定義している。

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本業として勤務・所属している組織での仕事(メインキャリア)とは別に、長期的・将来的な展望や方向性を持って自分の意思で能動的に実践し続けている、ある程度の期間持続された、人との交流を伴う仕事や活動・役割の連鎖
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 ビジネスパーソン時代における中井先生の「パラレルキャリア」は、社会人大学院に通ったときからと考えられるが、「疑似パラレルキャリア」的に、社外でさまざまな経験を積み、学びの機会を得ながら資格取得を行ってきた。

中井 業務の質を上げることを目的として、社外での活動や資格取得のための学びは若い頃から継続的に行ってきました。また、40代に入ってからも証券アナリスト、英語検定1級を取得し、当時担当していた財務戦略やIR業務に役立てました。50代に入ってCDA(Career Development Adviser)、キャリアコンサルタント、AFP(Affiliated Financial Planner)、公認心理師……といった対人支援にかかわる資格を取得しました。これらは「人材育成」という新たな方向性=目指す道に向けての基礎づくりのために取得したものです。

「果報は寝て待て」ではなく、「果報は練って待て」と言えます。シニアの方には、年齢にひるまず、志と勇気を持って、資格取得や社外での活動など新しいことにチャレンジしていただきたいですね。私も道半ばなので、決して偉そうなことは言えませんが。

シニア社員の“パラレルキャリア”が個人と組織にとって大切なのはなぜか?

中井弘晃 Hiroaki NAKAI

明海大学 総合教育センター 専任講師(キャリア理論)

三重県伊勢市出身、千葉県在住。1983年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)入社。1993年、MBA取得(南カリフォルニア大学)。1996年、経済広報センター米国事務所(現・経団連)出向(主任研究員)。2007年、富士フイルムホールディングス出向(経営企画部 IR室マネジャー)、2010年、台湾富士ゼロックス出向(Vice President 兼 財務部長)。2017年、カウンセリング修士(筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達専攻)、富士ゼロックス人事部にてシニア社員活性化推進、キャリア相談、ライフプラン研修講師を担う。2019年より、明海大学総合教育センター専任講師。公認心理師、キャリアコンサルタント、CDA、AFP、証券アナリスト、実用英語検定1級などの資格を持つ。ビジネスパーソン時代の、IR、財務戦略、調査・渉外、事業計画・管理、人事など、多岐にわたる職務経験を生かして、現在は、大学で教員をつとめる傍ら、キャリアカウンセリング、メディア寄稿(日本経済新聞など)、講演(経済広報センター、千葉県生産性本部など)などパラレルに活動を行っている。
【著書】『個人と組織の未来を創るパラレルキャリア ~「弱い紐帯の強み」に着目して~』(日本生産性本部 生産性労働情報センター)(2022年10月発刊)