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中学生の時に父親が他界し、病気により車椅子生活を余儀なくされた母と、知的障害のある弟を持つ作家の岸田奈美氏。「家族を亡くした友人にどんな言葉をかければいいのかわからない」と悩む学生に、岸田氏が放った回答とは?本稿は、岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)の一部を抜粋・編集したものです。
言葉につまったら
「ズンドコベロンチョ」の話をしよう
早稲田大学の大隈塾で、講義をする機会をもらった。
大隈塾ってなんぞやと思って、便利なインターネットで調べてみた。過去の講師に、石破茂さん、堀江貴文さんなどの名前が並んでいて、すぐに画面を閉じた。流れるような手さばきでブックマークの一番上にあった、フジテレビオンデマンドを開き、世にも奇妙な物語傑作選を観て、心を落ち着けた。
講義で与えられた時間は、なんと180分。90分程度であれば、USJのハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに乗る待ち時間である。まだ大丈夫。
しかし180分ともなると、ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~の待ち時間に匹敵する。前向き走行と後ろ向き走行の違いは、かなり大きい。最初はチュロス片手にキャイキャイしゃべりながら並んでいたカップルも、180分も経てば無言で何度も見たはずのインスタのストーリーを死ぬまで再生し続けるゾンビになっている。
わたしは、典型的な、ネット弁慶だ。
SNSやブログであれば、わたしはめちゃくちゃしゃべる。いらんことも、いることも、しゃべり倒す。
上沼恵美子のおしゃべりクッキング並みにしゃべる。料理番組でアシスタントが「ほんとに外食が一番よろしいわ、夏場は」といい放つ番組を観たのは後にも先にもはじめてだった。大好きになった。
でも、ひとたびネットの世界を飛び出てしまうと。なにもおもしろいことをしゃべることができない。
一晩、悩みに悩んだ結果。
「言葉につまったら、ズンドコベロンチョの話をしよう」と、腹をくくった。
ズンドコベロンチョとは、テレビ番組『世にも奇妙な物語』で出てきた、なぞの言葉だ。お気づきの通り、まずい方向への思い切りのよさが災いした。
母に弱音を吐いたら「謎の小袋80袋、投げとき」とどうしようもないことを言われた。いかに正月、昔のフジテレビのバラエティ番組しか観ていなかったのかを疑われる親子関係である。投げられるわけがないだろう。というか、いまの大学生にエキセントリック少年ボウイが通じると思っているのか。
でも結果的に、ズンドコベロンチョの話は、しなくて済んだ。
大隈塾に来てくれた学生さんが、真綿のように優しく迎えてくれたからだ。ほとんどの学生さんが、わたしのブログを読んでいた。どうやら、講義を運営する学生さんが、気をまわしてメーリングリストで送ってくれたらしい。圧倒的ホスピタリティである。見習いたい。
何カ月も前から、主担当となって準備をしてくれた、ひとりの学生さんのおかげだった。8歳も年上のはずのわたしが、早稲田大学に入った途端、生まれたての子羊のような足腰になっていたので、本当に救われた。
父が亡くなって
わたしは絶望した
なんというか、こんなセリフを吐く大人になりたかねえなあ、と思っていたのだが。これ以外の言葉が思い浮かばない。
「こんな若いもんがいてくれるなら、日本の未来には希望があるなあ」
事あるごとに、拍手をくれる。うなずいてくれる。
メモをとる手をひっきりなく走らせてくれる。
質問の手もあがる、あがる。
絵が得意な学生さんは、グラフィックレコーディングなる図を即興で描いてくれた。すごい。
いること、いらんことを、おしゃべりクッキングしながら「ああ、わたしって本当はこう思ってたんだな」と再確認できた。とても楽しく、優しく、特別な時間になった。
講義が終わったあと、アンケートに書かれていた質問に、ここで答えようと思う。
「友人が家族を亡くし、ふさぎ込みがちになった。元気になってほしいけど、なんと声をかければいいかわからない」
人生には、解決策がある苦しさと、解決策がない苦しさがあると思う。解決策がない苦しさは、ときに絶望といわれる。例えば、大切な人やペットの死など、代わりのきかないものを失ったとき。
わたしは父が亡くなったとき、母が集中治療室にいたとき、それはそれは絶望した。
「神様は超えられない試練を与えないよ」
「お姉ちゃんなんだから気をしっかり持って」
「応援するよ」とたくさんの応援の言葉をもらった。
でも、どんなに優しい言葉も、素直に受けとれなかった。
「そんなこといったって、あなたの家族は死んでないじゃん」
「あなたとわたしは違う」
「わたしのつらさなんか、どうせだれにもわからない」
本当につらいとき、わたしは、他人の言葉に耳を傾ける余裕がなかった。







