「売り家と唐様で書く三代目」とは、江戸時代の詠み人知らずの川柳とされているが、作者もまさか、21世紀まで著聞するとは想像しなかったに違いない。青木理著『安倍三代』では、先の戦争中に反戦を唱え、清廉潔白な人格者としても知られた政治家・安倍寛、並びにその長男で政界のプリンスと呼ばれたものの、志半ばで斃れた安倍晋太郎と比べ、「悲しいまでに凡庸」だった安倍晋三がなぜ、日本政治の頂点に長年君臨できたのかを関係者の証言を元に迫っている。
同書で青木は、周辺取材を重ねるに連れ、この三代目が「薄気味悪いほど空疎」な人物という印象が強まっていくことに、戸惑いを隠さない。そのうえで、政治が家業化し、本来は開かれているべき「政治身分」が固定化される結果、階層格差が社会に拡がり、「政治や社会から活力や多様性が失われる」と世襲の弊害を指摘した。
そういえば、周囲の危惧にもかかわらず、長男を政務秘書官に任命した結果、案の定、愚行の数々が明るみに出て罷免せざるを得なくなった首相・岸田文雄も世襲三代目。「マイナンバーカード問題」をめぐって、見事な無責任ぶりを世間に晒しているデジタル担当相・河野太郎も世襲三代目だ。30年間にわたって衰退が続く日本の没落の一因に、世襲議員の跳梁があることは、皆が薄々感じている。
世襲の蔓延と弊害は、改めて語るまでもなく、政界に限った現象ではない。産業界における近年の最たる醜聞は、大王製紙の元社長・会長の井川意高であろう。創業者の孫で「ティッシュ御曹司」の異名を轟かせたのも束の間、個人の趣味で嵌ったカジノの賭け金のために、グループ会社から資金を不正に引き出す横領に手を染め、後日、特別背任罪で逮捕された。