「ソーシャリズム・コア・バリューズ」とは
習近平が推進する政治スローガン?
それらの文字の脇には、まるで美術館の作品紹介のように「Socialism Core Values, 2023」と書かれたラベルが貼り付けられていた。
Socialism Core Values、つまり「社会主義核心価値観」とは、2012年に中国共産党が党大会で提唱し、習近平が推進する政治スローガンである。一面真っ白に塗りつぶされた壁に出現したそれらの赤い文字は、そっくりそのまま、中国各地でよく見かける政治プロパガンダ標語と同じさまだった。
「いったい誰が、何のために、ここに……?」と困惑が広がりかけたのとほぼ時を同じくして、当人たちがSNSで名乗りを上げた。そこにアップされた動画や写真から、「作品」制作に関わった者は約9人、そのうち一人は「Yi Que」(漢字で「一鵲」)と名乗る、英国王立芸術大学に留学中の中国人学生であることが明らかになった。
「一鵲」(本名、王漢錚さん)は、その制作過程写真に添えて、「イーストロンドン社会主義核心価値観」と題する制作ステートメントをSNSに発表している(https://www.instagram.com/p/CvlTTFjo-jB/ )。その冒頭で一鵲は、「この作品には特に政治的な意図はない」と述べ、また「自由という言葉を理解するには多くの思考が必要」「意識としての自由がいかに人々を植民化するか」などと、なかなか刺激的な主張を張っている。
イギリスに住む香港から来た移民たちが反発
制作者は約15万円の罰金を支払うことに
この標語作品の出現に真っ先に激しい反応を見せたのは、中国語の読める在英華人たちだった。特にイギリスには2021年以降、かつて同国が発行した植民地パスポートの所持者とその家族に発給された移民目的ビザを利用して暮らす多くの香港人がいる。それこそ香港の「中国化」を嫌って移民になることを選んだ人たちだから、彼らはイギリスの街中に堂々と姿を現した「中国共産党スローガン」に激しい嫌悪感を噴出させた。
BBCやガーディアン、CNNなどの主要欧米メディアの報道によると、この標語作品はすぐさま反撃にさらされた。
6日の日曜日には多くの人たちが壁の前に集まり、この標語や中国に対する思い思いの不満が書き込まれたのだ。天安門事件や新疆など少数民族地区の人権問題、習近平の独裁を批判する書き込みもあった。さらにそれぞれの単語の前に「無」や「不」と書き込んでその非現実的なスローガン自体を否定し、また「愛国」の「国」にひっかけて「……はぼくを愛していない」と書き足した人もいた。
ブリックレーンに忽然(こつぜん)と現れた「社会主義核心価値観」スローガンは1日のうちにすっかりその姿を変えてしまい、白い壁は瞬く間に「落書き」だらけとなった。そして、その翌日の月曜日には当地区の管理事務局によって再び壁全体が真っ白に塗りつぶされ、一鵲たちには法令に則って800ポンド(約15万円)の罰金支払い命令が突きつけられたという。