メッセージが描かれて終わりではなく、
その後の人々の反応まで含めた作品

 しかし、「政治波普」も「悪〓」も知る筆者にとって、一鵲たちの標語作品もまた、そこに描かれた、目に見えるものだけが完成品だとは思えなかった。イギリスに暮らす彼らが、あれを目にした人たちが壁にその声を描き込む姿を予見できなかったとでも?「社会主義核心価値観」と宣言したあのスローガンがあの姿のまま長く残ることができると信じていたとでも?……少なくとも、前掲の一鵲のインスタアカウントにアップされているこれまでの作品を見ても、彼が中国的な価値観を海外で振り回して喜んでいる「小粉紅」とは考えづらい。

 実は一鵲たちは、非難されることも反撃されることも承知で、あえてあの壁に描かれていたさまざまな作品を白く塗りつぶしたのではないか。それはまるで、中国国内で権力によって一方的な価値観が押し付けられるように。さらには、中国国内の白壁スローガンには決して起こらない、多くの人たちがスローガンに対する批判を落書きするという事態を引き起こしてみせたのではないか?

 BBCの報道は唯一、もう一人の制作メンバーがすでに削除されてしまったインスタアカウントに書き込んでいた制作ステートメントを記録していた。そこには「この作品はまだ完成していない」とあり、こう続けられていたという。

「他のグラフィティと同じように、この壁は塗りつぶされて議論されることになるだろう。それがその結末だ。ぼくたちはそれを望んでいる。この壁が、この地域を通り過ぎる人たちが目にすることができるようになり、もっと大きなナラティブ(物語)に組み込まれていくことを……」

「もっと大きなナラティブ」に、一方的に押し付けられた価値観を放り込めばどうなるか――彼らが表現しようとしたのはそこだったというわけだ。なかなか刺激的な、若き在外中国人たちによるアート爆弾ともいえる行動が、筆者の知る限りまだ日本のメディアで紹介されていないことはとても残念である。