単にそのホストから「本営」を掛けられただけではないのか。本営とは、ホストが客にしたい女性に対して「本命の彼女」を装う営業方法で、表向きは恋愛感情があるような態度を取っているに過ぎない。つまりは本命の彼氏のように振る舞ってはいるが、店で“彼氏”を指名してそれなりのカネを使わなければ関係は続けてくれないという利害をともなう。

 梨花はやはり、ほどなくその“彼氏”に「ちょっと来てよ」と店に誘われた。それも1回だけでなく頻繁にだ。月平均35万ほど出会いカフェでの売春で稼いでいたが、気づけばそのほとんどを“彼氏”が働く店で使うようになっていた。

 果たしてそれは本当の“彼氏”なのか。それを問うと、

「いや、別に本営でも私は好きだったから」と、愛情と怒りとが交錯したような表情をした。

 梨花がこのあと街娼にまでなるストーリーは、マッチングアプリで出会ったときから、すでにそのホストにより描かれていたようだ。

「『シャンパンおろして』って言われて、『出稼ぎで稼いでからだったらいいよ』って断った。なのに『イベントだから頼む』って、強引にシャンパンを入れさせられた。私が曖昧な返事をしたのもいけなかったけど、ほぼほぼOKしてない状態だったのに」

 結果、梨花は60万円もする高級シャンパンを売り掛けでおろす(ホストクラブではシャンパンを注文することを“おろす”と言う)ハメになる。そのころには出会いカフェでの売春だけでは彼氏の店で遊ぶ生活が追いつかなくなっていた梨花は、出会いカフェの売春仲間から出稼ぎすればまとまったカネが得られることを知り、千葉のデリヘルに3週間、山梨のデリヘルにまた3週間と出稼ぎを繰り返していた。

 客入りに対して女の子の数が間に合っていない地方の繁盛店は、客を優先的に付けてくれたり、1日3万円前後の「最低保証金制度」を採用して出稼ぎ嬢を集めている場合も多い。そこで梨花は、次の出稼ぎ先は1日2万5000円の最低保証があること、寮費を3000円引かれても「1日平均6万円くらいは稼げるよ」と店長から言われていることを“彼氏”に話してしまっていた。

“彼氏”が梨花に売り掛けをさせたころは恋に盲目になっていた時期で、梨花は「ホス狂い」に育ちつつあった。“彼氏”からすれば梨花をハメるなど訳なかったことになる。