「お金ですぐに買えない」ものが
あれば投資に値する!

瀧本 そう、インビジブルアセット、つまり目に見えない資産があったんですよ。しかもそれは、競合する会社、たとえばMKタクシーが殴り込みをかけてきて、いくらお金をかけたとしても作れないものでした。実は、資本投下すればすぐ作れる資産というのはあまり強くないんです。時間がかかるもののほうがいい。日本交通でいえばそれはブランドだし、会社によっては技術かもしれません。いずれにしても、私は「どんなにお金を出しても、短期間では作れないものほど、経済的な価値を生む」と考えています。それは、投資をするかどうか決める要因にもなっています。

藤野 私はベンチャー経営者でありベンチャーキャピタリストでもありますが、ベンチャー企業というのはほとんど何もないところからすべてを作り上げていくものなんですよね。そうやって会社を続けていると、徐々に「何か」が出てくる。資本投下しても作り出せない価値を積み上げることが、「負けない会社」を作るための大事な要因だと思っています。

 この点、日本交通の場合、長い時間をかけて作り上げられてきた「他社に負けないブランド」を見出したのが勝因と言えそうです。

 しかし過去に築き上げてきたブランドがあると言っても、「ブランドをベースにして突き抜けた存在になる」ということについて、日本交通のスタッフや乗務員はすぐには信じられなかったのではないでしょうか?瀧本さんは、どうやって彼らに未来を信じさせ、行動を促していったのですか?

成長モデルが不透明な時代、<br />必要なのは「投資家思考」だ!瀧本哲史(たきもと・てつふみ)
京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。エンジェル投資家。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーにて、主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事。内外の半導体、通信、エレクトロニクスメーカーの新規事業立ち上げ、投資プログラムの策定を行う。独立後は、企業再生やエンジェル投資家としての活動をしながら、京都大学で教育、研究、産官学連携活動を行っている。全日本ディベート連盟代表理事、全国教室ディベート連盟事務局長、星海社新書軍事顧問などもつとめる。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)、『武器としての交渉思考』(星海社新書)。 Twitterアカウント:twitter@ttakimoto

瀧本 確かに、私が再建に入った当時の日本交通は過去7年間ずっと赤字という状況で、借り入れも非常に多く、「すぐ近くに見える過去」はひどいものでした。

 ですから、創業期に近い古い過去を振り返り、その過去に築き上げたブランドが未来につながるんだと訴え、「圧倒的ナンバーワンブランドを皆さんの力で作りましょう」と伝えていこうとしました。

 これは、限りなく政治運動に近いものがあります。そこで、現在の日本交通の代表である川鍋一朗さんが各営業所を回って「こういう会社を作りたいからがんばってほしい」とスタッフや乗務員に直接説明していったんです。川鍋さんは当時は専務でしたが、日本交通ほどの規模の会社では経営層と現場との間に距離があるのが普通ですから、専務がタクシーの営業所に来るということ自体が珍しかったと思います。

藤野 タクシー業界だとそういうものなのですね。

瀧本 そうです。そして、その姿を見て、スタッフや乗務員が「この人は本気だ、コミットしている」と感じ取ったのでしょう。

 また、「どういう会社にしたいのか、そのためにどんな人物を採用したいか」、戦略を明確に決めてあらゆる場面で打ち出すようにもしました。すると、乗務員もスタッフも、それまでならタクシー業界に来てくれなかったのではという人も採用できるようになったんです。これも先ほどの話と同様で、タクシーの台数は資本を投下すれば簡単に増やせますが、いいサービスを提供できる乗務員は簡単には増やせません。ですから、人材採用は重要なポイントでした。