そしてその「看護の知識は、専門家のみが身につけうる医学知識とははっきり区別されるものである」とも述べています。

 これほど明確に看護を位置づけた人は、ナイチンゲール以前にはいませんでした。

 家庭にあって身内の健康に気を配る女性たちに向けて、どうすれば病気に罹らないか、またどうすれば病気から恢復させることができるかを説いた本書は、当時の雑誌に書評も掲載されました。

 そのことによって世間における看護の価値や地位は高まっていったのです。

 英国社会に長い間根づいていた暮らしのあり方に関する社会的偏見と悪しき風習を打ち砕く本にもなりました。

 ナイチンゲールが強調したのは、「看護(ケア)の実践を行うにあたっては、『生命の法則』・『自然の法則』を重視して、根拠に基づく行為をしなければならない」ということでした。

 看護実践を行うに際しても、「行為の裏付けとなる『からだのしくみ』を理解し、観察と技(art and science)によって適切な方法を駆使していかなければならない」と考えたのです。

人間という生き物はみずから
治ろうとする力を持っている

 ここではまず、ナイチンゲールがいう「自然とは何か」を理解しなければなりません。ここでいう「自然(nature)」とは、私たちの「身体内部の自然」を指しています。

 まずは人間という生物に生まれながらに与えられた「いのちのしくみ」に焦点を当てて考えていきます。

 私たちの「いのち」は常に、外界の変化や内部環境の変化に合わせて平衡(バランス)をとろうとしています。

 気温が高ければ汗をかいて体温を下げ、寒ければ毛穴を塞いで体温を逃がさず。体に害となるものを食べれば消化管は下痢や嘔吐によって排泄し、ウイルスなどの有害微生物が侵入すれば、免疫細胞たちが集団で闘いを挑んでやっつけます。

 これら内在する『自然の力』を、〈自然治癒力〉とか〈自然の回復のシステム〉とよぶことができます。体内に宿る諸々の力は、一時も休むことなく常時、内外の環境に合わせて発動しているのです。

 そのおかげで、私たちの身体を形成している37兆個の細胞は常に健康を保ち、たとえ症状・病状が出ても、元の姿に回復していくことを可能にします。

 ナイチンゲールはこのプロセスを「回復過程(reparative process)」と名付けています。