白い紙袋を渡すビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

明後日までに
現金1億円を持ってこい

「そんなの、どうやって…」

「どうとでもなるねん、俺さまにかかれば。金持ちが喜びそうなもんは、大抵のことは何とかなるわ」

 私が入行した1990年代バブル末期の頃、銀行の普通預金金利は2%、1年定期は6%あった。三十数年を経て、現在は普通預金が0.001%、1年定期が0.002%だ。思えば入行して以来、一貫して全ての経済指標が右肩下がりとなり、後半の15年はどん底をはうなど、暗いムードに染まった銀行員人生だった。

 定期預金を大別すると、1000万円以上の大口定期預金と、それ以下に分類される。大口定期預金は正式には「自由金利定期預金」と呼び、文字通り銀行ごと支店ごとに金利設定が自由。顧客と銀行が交渉して金利を決定する。ただ、青天井に金利を上げられるわけではなく、銀行別に上限が決まっている。それは毎週、金利情勢や銀行自体の方針により上下している。

 当時の若手営業担当者は、そうした大口定期預金を持っているお客を数十人担当し、ひたすらに電話をかけ、定期預金の期日を案内し増額をねだっていく。さらに、年金の受け取りを当行に指定替えしてもらったり、系列会社のクレジットカードの新規契約をとったり、そんな毎日だった。預金を他行に移すと言われれば、窓口で定期預金を作る際に示す金利、いわゆる「店頭金利」に上乗せする金利を支店内で相談し、なんとか流出させないよう防衛していた。

 3月の、ある日の出来事だ。外回りから帰ってきた私は、課長に報告した。

「明後日に満期となる林田一族の本家筋、林田一郎様に書き換えの案内をしたところ、解約して他行に移すから、現金で持ってこいと言われました」

「現金って、明後日の満期分はなんぼや?」

「1億です」

「1億? あかん。そんな現金、運べへん。今からじゃ準備かてできひん!」

 まるで、誘拐事件で身代金を要求された刑事ドラマのような会話になっている。

「ちゃんと満期の案内しとったんやろな?」

「はい。先週月曜日に電話した時には、こんなこと全く言わなかったんですよ。本当ですよ!」

「ははーん、やられたわ。S銀行や。3月期末に1億も解約するなんて無茶やろ。しかも相手は大地主の後取り。支店長に説明でけへんぞ!」