銀行の営業は
雑談が8割
こんな時でも支店長への体裁しか考えていない。全く残念な上司だ。その頃から私は、うまくいかないことを部下の責任にしたり、当事者意識がない無責任な課長たちを、反面教師として忌み嫌った。そして、自分がその立場に立った時は、あのような上司にだけはなりたくないと思った。なのにこの後も、残念な上司にばかり仕えてしまったのは、全くの皮肉だ。
そんな課長だが、唯一感心したのは接待のプロということだった。若手の頃から都市部の支店で毎週のように接待三昧で、とにかく酒を飲むきっかけを探し、相手を喜ばせ取引を維持拡大する、昭和型営業マンの典型だった。
それを全否定するわけではないが、営業駆け出しの私にとって、地道な営業手法を教わることなく宴席の盛り上げなど「飛び道具」から教わる羽目になったのは、残念なことだった。
ここまで書いて、予想のついた読者はいるだろうか。彼こそ、拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に登場し、私たち夫婦が開くつもりのなかった結婚披露宴を強硬に開宴させた、あの吹田支店の村石課長であった。
「おい目黒、一郎さんは何が好きなんやろか?」
夜8時を回る頃、村石課長がデスク越しに聞いてきた。
「好きって食べものですか? いやー、聞いたことありません。知ってなきゃダメなことですか?」
「お前、雑談とかせえへんのか? ええか、営業なんて雑談が8割。俺なんか9割以上が雑談やんか。そういう話から相手が喜ぶような話が聞けるもんや。何か? 目黒はお客さんの所行って、いきなりレート伝えて手続きしてるんか? そらあかん。嫌われる。俺が客やったら嫌やわ。そんな仕事、ロボットでもできるやろ」
「すみません」
「謝ってすむなら内部監査部はいらん…てのは銀行の掟や。おう、お前も探さんか」
「えっ? 何をですか?」
「何って、お前。一郎さんが喜びそうなことや、決まっとるやろ!」
「は、はい…でも、どうやって?」
「過去の取引記録から探すしかないやろな。ここいらにぶちまけたんは、林田一族との取引経緯のファイルや。10年分はあるかな。ここから手がかりを見つけてまおう。そっち半分はお前な」
山積みになったファイルを一冊一冊、2人で目を通す。ほとんど参考になるような記述はない。他行にいくらぐらいの預金があるのか、どこの土地をいくらで売っていくら定期預金が増えたかなど。カネ、カネ、カネ…金のことばかり。