入手困難なチケットを
わずか半日で手配

 翌日、朝から課長がいない。夕方遅く、支店長と一緒に帰ってきた。

「おい、目黒。一郎さん、定期預金、継続してもらえたぞ」

「えっ? 何でですか?」

「今、支店長と一郎さんの所に行ってきた。タマリ席のチケットを持っていったから、喜んでたわ」

「タ、タマリ…」

「砂かぶり!なんも知らへんな。なかなか手ぇ入らへんぞ?」

「そんなの、どうやって…」

「どうとでもなるねん、俺さまにかかれば。金持ちが喜びそうなもんは、大抵のことは何とかなるわ」

 後日聞いた話では、タマリ席は今でこそ一部は抽選販売もあるが、相撲協会に多額の寄付をしている企業や富裕層に配られているもので、それを入手したという。いつも中元、歳暮を手配している百貨店の外商に頼みこんで、2席用意してもらえたそうだ。

 それにしても、わずか半日足らずで入手困難なチケットを手配するなんて、驚きしかなかった。一方で、銀行本来の業務に使うべきその発想と交渉力、実行力を、金持ちのご機嫌を取るために使っていることに、むなしさを覚えた。

 その後も課長はこうしたピンチに対し、甲子園のバックネット裏の座席を準備したり、ブームが始まった頃にティラミスを配り歩いたり、銀行員に似つかわしくない営業手法で、離れていく客を何とかつなぎ止めていた。

 ただ、それも時間の問題だということを本人も気づいていただろう。その後、都内の中規模支店に副支店長として栄転したが、支店長まで登りつめたかどうかはわからない。確かめることもなかった。