掃除中の家政婦写真はイメージです Photo:PIXTA

月換算で272時間のハード労働に従事し、直後に心筋梗塞で死亡した家政婦は、過労死認定されなかった。2022年に判決が下された過労死裁判で、東京地裁は「家政婦は労働基準法や労災保険法の適用を受けない」と判断したが、家政婦の働き方の実態は、派遣労働者そのものだ。法による保護から家政婦がこぼれおちた歴史的経緯とは?本稿は、濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。

家政婦の過労死裁判で注目された
家事業務と介護業務の間に法の壁

 家政婦、といえば、現代日本人の大部分は、「市原悦子演じる石崎秋子が『大沢家政婦紹介所』の家政婦として上流階級の華やかな暮らしぶりの家庭に派遣され、そこで繰り広げられる陰謀・騒動・醜聞を覗き見し、最後に自分が見聞した事柄を家族全員が集まる席で洗いざらいぶちまけて去っていく」というストーリーのドラマ『家政婦は見た!』を思い浮かべるのではないでしょうか。

 2022年9月29日、その家政婦をめぐってある裁判の判決が下され、新聞等マスメディアで注目されることになりました。それは、家政婦がある家庭に泊まり込みで7日間ぶっ通しで働いた後に急性心筋梗塞又は心停止で亡くなったことを過労死だと訴えた事件だったのですが、東京地方裁判所は原告(亡くなった家政婦の夫)の訴えを退けたのです。その理由が、確かに長時間労働はしていたけれども、家政婦は家事使用人であって労働基準法や労災保険法の適用を受けないから、というものでした。

 家事使用人とは、個人家庭に雇用されて家事に従事する労働者のことで、労働基準法第116条第2項に「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」とあるので、労働基準法も労災保険法も最低賃金法もすべて適用されない、ということになっているのです。

 亡くなった家政婦のAさん(当時68歳)は、訪問介護事業及び家政婦紹介所を営むB社に、家政婦兼訪問介護ヘルパーとして登録され、就労していました。

 B社は1979年の設立以降、有料職業紹介事業の大臣許可を受けて家政婦等の紹介斡旋業を営んできましたが、2000年4月に介護保険制度が開始された後は、介護保険事業者として、居宅介護支援、要介護者等の日常生活における訪問介護サービス等も併せて行うようになりました。2013年8月18日、AさんはB社に家政婦として登録し、同20日にB社との間で非常勤の訪問介護ヘルパーとしての労働契約を締結しました。

 Aさんは、重度の認知症で寝たきりのCさん(当時93歳)宅で家政婦兼訪問介護ヘルパーとして勤務していた同僚の休暇取得の代替要員として、2015年5月20日から同月27日までの1週間、Cさん宅に泊まり込んで、家政婦として家事及び介護を行う(これが「家事業務」)とともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供しました(これが「介護業務」)。