日本経済復活およびビジネスパーソン個人の成長の秘訣を示した『CFO思考』が、スタートアップ業界やJTCと呼ばれる大企業のビジネスパーソンを中心に話題となっている。
本書の発刊を記念して、著者の徳成旨亮氏と、ベンチャー・キャピタル「アニマルスピリッツ」を立ち上げた元ミクシィCEOの朝倉祐介氏の対談が実現。「日本経済が復活するために足りないものとは?」「日本でスタートアップを盛り上げるにはどうすればいいか」「CFOに求められる資質とは」といったテーマについて、7回にわたってお届けする。(撮影/梅沢香織、構成/山本奈緒子、取材/上村晃大)
「インフレ」が
「アニマルスピリッツ」を後押しする
徳成旨亮(以下、徳成) 日本はやはり、ずっと減点教育をやってきたこともあって、若者がすごく保守的ですよね。そういう社会にしてしまったのは私たち世代の責任でもあるのですが、一方で、ここ何十年間かは保守的であることは合理的でもあったわけです。経済がシュリンクしていく中では、マイナスを減らしたほうが勝つんですね。
新興国や、経済自体が伸びている国であれば、マイナスを作ってでもチャレンジしたほうが、その経験値がまた大きな成功に結びついていくのでいいんですけど、シュリンクしていく中では変にチャレンジして大きなマイナスを作ったりすると取り返せませんから。
そういう意味では、日本の社会のこの数十年、保守的であることは合理的な判断だったと思うのですが、社会全体としてはどうなのか。
日本経済はそろそろボトムアウトを迎えつつあるし、インフレにもなるでしょう。そういう意味で、これからは、GDPでも貨幣価値でも「実質」と「名目」を考えることが大事になる。たとえば2%のインフレになったら、100円は102円の価格になるじゃないですか。つまり見かけの資産価値、名目価値も2%アップするということ。人間は名目に左右されやすい。だからインフレになるのは決して悪いことではないと、私は思っているんですね。
でも今の20代、30代の方はおそらくインフレを経験されたことがなくて、物価が上がって生活が苦しくなるというイメージしかないと思います。でも、実際はインフレだからチャレンジできる、という側面はある。
人口が増えて経済が成長しているときは、たとえば3%の失敗をしてもGDPが5%伸びれば名目上プラス2%が残る。もしくは、マイナス10%の大失敗をしてもGDPが5%伸びていれば、2年間我慢すれば元に戻るどころか複利でお釣りが来るんです。だから、アニマルスピリッツを持て、と若い人たちにも言える。
つまり、成長やインフレは失敗を許容すると私は思っています。かつての高度経済成長期の日本や少し前までの中国は、経済というパイが大きくなるから思い切ってチャレンジができる、と皆が思っていた。たとえ失敗しても経済成長やインフレが覆い隠してくれます。さらに、失敗を経験した「ひと」が残る。それはその国の経済の未来にとって、大きな財産になります。
しかし、過去30年の日本社会が経験したように、人口が減ってかつGDPが右肩下がりのときに失敗すると取り返せない。だから皆、怖くてリスクが取れない。そういう時代が長く続いていて、チャレンジし失敗した経験を持つ若い日本人が極端に少なくなってしまい、完全に負のスパイラルに入ってしまっている、というふうに私は思っているんです。
だから社会全体が保守的になってしまっているんだと思うのですが、そこはかつてインフレというものをがっつり経験してきた、僕たち昭和のオヤジ世代の出番だと思っていて、それが今回『CFO思考』を書いた理由のひとつです。
ぜひ、若い世代の方々にアニマルスピリッツを持ってもらいたいし、インフレを知っていながら「安全運転」しているJTCのオヤジたちに、「リスクテイクした若い頃を思い出そう!」「率先して前を走って、若い世代に手本を見せろ!」とこの本で伝えたい。
インフレ、つまり金利や物価が上がると社会や経済においてはどういうことが起こるのか、そこをちゃんと伝えていくのが、オヤジ世代の役割だと思っています。
朝倉祐介(以下、朝倉) 経済や金融に関する教育はアニマルスピリッツを育てるうえでも非常に大事ですね。
徳成 僕がずっと本を書いているのはまさにそこで、金融リテラシーや経済リテラシーをもっと若い方たちに伝えていかないといけない、という思いもあるからです。
資産運用に限ってみても、日本は、金儲けはどこか後ろめたいことというか、「人前でお金の話をするなんて」という価値観が社会全体に根付いていますよね。「株式は怖い」とか「バクチ」と同じに思われちゃう。
学校や家庭で金融教育を受けないまま社会人になってしまうから、会社で確定拠出年金(DC)に入り、自分で運用商品を選べと言われ、良くわからないから定期預金などを選んでしまう。逆に、FXやバイナリーオプションなどの投機的な商品に手を出してしまう若者もいる。
「長期」「分散」「積み立て」が投資の王道だ、という常識をしっかりと若い人たちに教えるべきだと思い、ペンネームの「北村慶」名義で本を書いてきました。
また、金融機関の序列も、堅くて保守的な「商業銀行」が一番上にいて、「証券会社」は下に見られがちです。ところが、これが欧米になると、証券会社にあたる「投資銀行」のほうが通常の銀行より格が上なわけです。
「銀行員なんです」と言うと「ふうん」と流されるけど、日本で言う証券会社である「投資銀行で働いています」と言ったら「おお、すごいね」となる。もっと言いますと、日本では銀行や保険会社や証券会社の子会社に過ぎないアセットマネジメント会社、つまり資産運用会社のほうがさらに上、という見方もあります。
グローバル的視点で言うと、商業銀行が金融業界の上位にいる日本というのはすごく古臭いし、実は発展途上国型経済のモデルでもあるんです。資本市場が十分に発達しておらず、間接金融の担い手である商業銀行に頼らざるを得ない社会や経済のモデルです。
銀行出身の僕が言うのも天に唾するような話ですが、でもそれが現実で。だからそのあたりの経済、金融リテラシーを高めていかなければいけないし、それこそがアニマルスピリッツを根付かせていくために必要な教育だと思っています。
朝倉 昨冬、ニセコにスキーに行ったんです。宿の温泉に入っていたら、おそらくシンガポールあたりから来た金融関係者だと思うですけど、小学生ぐらいの子どもと一緒にお風呂に入っていて。僕の隣でいろいろと話をしていたんですけど、驚いたことに子どもに「君はappreciationとdepreciationの違いを知っているか?」と聞いているんですよ。
おそらく金融商品の価値の増減とかそういった話をしていたんだと思うんですけど、そのとき「そうか、こういう人たちは小学生ぐらいの頃から帝王学を授けられているんだな」と思いました。単純にファイナンスのテクニックを教えるとかそういうことではなくて、もうちょっと価値観的なところから教育しているんだな、と違いを感じた次第です。
徳成 ある意味、日本とは真逆ですね。
朝倉 振り返ってみると、僕たちは工業社会に最適化した教育を施されてきたんだな、と思います。言われたことをミスなく迅速に完遂する、など。それはそれで大事ですし、その教育によって日本は工業社会下での躍進を遂げました。
だからこそ教育の成功体験から抜け出しにくくなっているのだと思いますが、やはりこれから変えるべきは変えていかざるを得ないと思います。
とくに、先ほどの「アニマルスピリッツはどうやったら養うことができるのか」という課題を考えると、子どもの頃の教育から変えることが本質なんだろうな、と思います。
おそらくそれは、国語、算数、理科、社会といった学校の科目を変えるといったレベルの話ではなく、もっと日々の生活の中で大人からどういったインプットを受けられるか、という話じゃないかとも思っています。