【マンガ】インフレ目標は「お金の半殺し」2%のインフレ、何年続くと物価が2倍になる?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第31回は、日本銀行が掲げる「インフレ・ターゲット」の狙いを読み解く。

インフレ・ターゲットの最大の狙い

 主人公・財前孝史は自身のベンチャー投資構想の中核に位置付けるiPS細胞(人工多能性幹細胞)について学ぶ。その過程で「原理が究明されていないのに実用化されているモノ」への疑念を抱く。

 人間社会の大部分は慣習・惰性で回っている。理論的裏付けは曖昧なのに、「ひとまず回っている」から使われているモノやシステムは珍しくない。お金の世界のど真ん中、先進国の金融政策の中核にも、格好の例がある。

 基軸通貨ドルの番人・連邦準備制度理事会(FRB)、20カ国が加盟する共通通貨ユーロを司る欧州中央銀行(ECB)、そして我らが日本銀行は、すべてインフレ・ターゲットという政策枠組みを採用している。目標とするインフレ率はそろって年2%程度だ。

 実はこの数値には明確な理論的根拠はない。2%のインフレ率が経済成長や景気の安定にとって最適だという確証はないのだ。

 そんなあやふやな状態なのに、なぜインフレ・ターゲットを採用しているのか。

 最大の目的はインフレが走りすぎるのを止めることだ。これは今の世界的なインフレと金融引き締めを見れば納得できるだろう。許容上限を決めておかないと、どこでブレーキをかけるかの判断がぶれる。目標を公表しておけば政策の透明性も高まる。

なぜ2%なのか?

漫画インベスターZ 4巻P117『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 もうひとつの大きな狙いは中銀の独立性を守ること。選挙の洗礼を常に受ける政府・政治家は、人気取りのため、減税や金融緩和で景気を押し上げようとする傾向が強い。

 歴史を振り返れば、FRBは「利上げするな」というホワイトハウスのプレッシャーにさらされてきた。最近ではトランプ元大統領の露骨な口先介入が記憶に新しい。インフレ・ターゲットにはそうした圧力をいなす「盾」の側面がある。

 それにしても「なぜ2%なのか」という疑問は残る。

 まったく理論的ではないが、私の仮説は「ちょうど良いペースでお金が『半殺し』になるから」というものだ。毎年2%強のインフレが起きると、物価はおよそ30年で2倍になる。その裏返しで30年、およそ一世代でお金の価値は半分になる。

 そんな世界では、お金を貯めこむメリットは小さくなる。モノと交換する(消費)なり、インフレに価値が連動しやすい株式や不動産などに置き換える(投資)なり、何か手を打たないとお金の価値は目減りしてしまう。その結果、経済を回すお金の流れが促される。

 インフレが2%ではなく4%だと「半殺し」までは18年、7%だと10年に時間は短くなる。これでは人生設計が少々せわしないだろう。高インフレの新興国の人々は、そんな世界に生きているとも言える。2%程度は、熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど良いさじ加減ではないだろうか。

 残念ながら、日本経済の実力からは、2%の目標はかなりハードルが高い。今は円安による輸入物価主導でインフレが上振れしているが、人口減少のブレーキもあり、巡航速度では適温の2%にはなかなか届きそうにない。ようやく動き出した賃上げの流れをキープするなど、ベースとなる温度をあげられないと、「失われた30年」の再現となりかねない。

漫画インベスターZ 4巻P118
漫画インベスターZ 4巻P119『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク