クレイトン・クリステンセンの名著『イノベーションのジレンマ』に、「イノベーションの流れはオモチャのようなものから始まる」という一節がある。出始めの頃は単なるオモチャかと思われたサービスやプロダクトが、やがて市場のメインストリームを侵食していく。そのとき、市場を牛耳っていた大企業は太刀打ちできずにディスラプト(変革によって崩壊すること)されていく。

永田は、「トライアルのAIカメラやスマートショッピングカートは、AmazonGoに比べるとまさにオモチャのようで、決してクールではありませんよね」と笑う。「でも、いきなりAmazonGoのようなハイテクノロジーから始めては費用対効果が出せません。まずは、オモチャから何ができるのか。とにかく、たくさん小さな銃弾を撃つんです。どの銃弾が命中するかなんてわかりません。でも、これと決まったら、ドスンと大砲を撃つというのが成功の秘訣だと思います」。ジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』にそう書いてあったと言って、永田はまた笑う。

「小さな銃弾なら比較的簡単に撃てます。初めからドーンと大砲を撃とうとするから投資もリスクも高くなってしまうんです。例えば、このままではアマゾンや楽天にやられてしまうと言って、リテール企業が続々とECサイトを始めた時期がありました。しかし、最初から大きくやろうとしすぎて、ほとんどが軌道に乗らずに止めてしまった。まずは小さくPoCを繰り返し、どうすれば成功するか摑めてから大砲と一斉射撃、その順番がよいと思います」

だが、普通の企業では、小さな銃弾をたくさん撃つことも簡単ではないかもしれない。まず、「アマゾンや楽天に勝てるECサイトを作ります」などと大見得を切らないと、企画自体が通らないというのは想像に難くない。

トライアルは、オーナー企業であり、トップが腹を決めれば5年、10年という時間をかけてDXを進められる利点がある。2、3年で結果を求められ、その間、自分の評価も守るという呪縛にとらわれたサラリーマン社長タイプではきっとこうはいかない。

そして何より、「トライアル」という社名が、挑戦することを後押ししている。

スーパーの若手社員にAI学習をすすめる理由

永田は、挑戦を前に戸惑う社員がいれば、「僕たちは『トライアル』だよ」と言って背中を押すという。そこには、「挑戦なしに価値は生まれない、失敗は財産」という哲学がある。こういった企業文化の醸成と「ITの力で流通を変える」というビジョンの共有は、トライアルの礎となっている。