永田いわく、社内にビジョンを浸透させるために最も効果的なのは、テクノロジーで世の中が変わっていく事実を社員たちに腹落ちさせることだ。トライアルでは、ジェフリー・ムーアの『ゾーンマネジメント』、ジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』など、社内に必読書が何十冊もあり、皆で徹底的に読み込むことで考え方を共有し、浸透させている。そのうち、社内の会話に本のフレーズが頻出するようになると、自分たちにとってAIがいかに大事なのか誰に言われなくとも理解し、行動できるようになる。

また、永田は、若手社員に対し、AIを体系的に学ぶため、G検定(一般社団法人ディープラーニング協会が実施するディープラーニングを事業に生かすための知識を測る検定)を取得するように働きかけている。「バイヤーやストアマネジャーといった既存の仕事はいつかなくなります。そうなったとき、現場にデータサイエンスを生かせる人になっておきたいよね」と伝えている。「彼らも自分の将来のことですから、ITパスポート試験の勉強から始めたり、統計学を学んだりと主体的に取り組んでいます」

現場がここまで本気になれるのは、経営陣の本気度が伝わっていることも大きいだろう。永田は、「AIを使わないなんて、死にに行くようなもの」、そう心の底から思っている。

「トップが、DXよりも目の前の利益のほうが大事だと言ってしまえば、その企業はそういう企業になってしまいます。もちろん利益の追求は大前提。利益がなければDXに投資もできないのですが、トップ自らDXよりも出店を増やすほうが大事だとか、リベートのほうが大事だという空気を醸し出してしまうと、DXは進みません」

シリコンバレーでの挑戦と撤退

永田自身、「トライアル」を体現するような人だ。米国の大学を経て、10年ほど前に中国で食品以外にも日用品や衣料を扱うスーパーセンターの事業にトライした。しかし、中国はもともと人件費が安く、店舗経費という概念がないということがわかって断念。その後、自社開発のデータ分析ツールを引っ提げ、シリコンバレーで起業するも、3年で撤退することになった。

酒井真弓著『ルポ 日本のDX最前線』(発行:集英社インターナショナル/発売:集英社)
酒井真弓著『ルポ 日本のDX最前線』(発行:集英社インターナショナル/発売:集英社)

シリコンバレーでの起業について永田は、「シリコンバレーで認められないと、世界で認められることはない」という都市伝説に乗っかったのだと笑うが、心中には、「日本であと10年はこのまま勝負できたとしても、30年後はわからない」という強い危機感がある。コロナ禍で、やるべきことの優先順位は大きく変わったが、近くまたアメリカに進出しようと考えている。