人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【京大卒の外科医が教える】本好きが絶対に満足する「最高の医学本」厳選10冊Photo: Adobe Stock

医学と出会う

 あれは高校二年生の秋。まだ暑さの残る京都の街を訪れた私は、初めて京都大学医学部のキャンパスに足を踏み入れた。あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 キャンパスの中央を貫く一本の太い道、その左右に威風堂々と建ち並ぶレンガ造りの講堂や研究室。吹き抜ける秋風が、街路樹の葉を揺らす。サラサラという音が、かえってキャンパスの静謐さを際立たせた。

 ここで行われた数々の研究が、世界の医学を変えてきたのだ。言葉にならない思いがあった。ここで医学を学び、医学研究に携わることができれば、どれほど幸せだろうか――。

 かくして私は、二〇〇四年に京都大学医学部の学生となった。その時の学部長は、本庶佑先生。あえて説明するまでもないが、のちに免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)の開発に貢献した功績でノーベル賞を受賞する、世界的な医学研究者である。

刺激的な講義

 医学部の講義は刺激的だった。実は、学生時代に受けた講義で印象に残った数々のエピソードが、私の執筆のモチベーションになっている。講義を聞きながら、「これは面白い!」と膝を打ったテーマは、今でも記憶に深く刻まれているのだ。

 大学卒業後、私は七年間の臨床経験を経て、再び京大医学部のキャンパスに舞い戻った。大学院で、新規がん治療薬に関する基礎研究に従事するためだ。私の専門分野は大腸がんで、指導教官であった武藤誠先生は大腸がんマウスモデルの世界的権威である。

 大学院修了後も、私は外科医として診療を行う傍ら、大学の客員研究員として大腸がんに関する研究を継続している。私自身の研究成果そのものは今のところ凡庸なのだが、憧れのキャンパスで医学研究の一翼を担えたことは、私の人生において小さな誇りである。

あまりにも広大な世界への道標

 医学というのは、本当に楽しい学問だ。医学を学ぶことの喜びを何とか伝えたいと、私は前作『すばらしい人体』、今作『すばらしい医学』を著した。

 だが、あまりにも広大で、あまりにも深いこの世界の魅力を、私が独力で伝えられるとは到底思えない。私にできるのは、ひとまず皆さんをこの世界の「入口」まで案内すること、そして、そこから先への道標を示すことだろう。

 その「道標」こそが、この「読書案内」である。ここでは、さらに医学を楽しんでいただきたく、ノンフィクション、図鑑、漫画、小説とさまざまなジャンルの本を紹介する。

 ぜひ、本書の余韻の残るうちに、ご覧いただければと思う。

『医学の歴史』(梶田昭著、講談社学術文庫、二〇〇三)

 古代から現代まで、西洋医学のみならず、東洋医学、インド医学、イスラム医学と、世界中のさまざまな場所で生まれ、交錯しながら進歩した医学の歴史を追いかける、王道の医学史である。歴史の流れは主軸に置きつつ、著名な医師や科学者の功績、人物像に触れながら物語は展開するため、全体にどことなく「温かさ」が底流している。

 また、医師である著者の思い、悲喜が随所に表れ、それがユーモアあふれる表現で描かれているのも特徴だ。特に歴史が好きな人なら、飽きることなく一気に読める一冊である。

『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』(ビル・ブライソン著、桐谷知未訳、新潮社、二〇二一)

 人体に関する本はこれまで数多く出版されてきたが、この本は「大全」の名にふさわしく、まさに頭からつま先まで、一つも余すところなく人体を語ってくれる。ただし、「人体の不思議」のみならず、医学の進歩に貢献した著名な医師や医学研究者についても語られ、医学の歴史に興味がある人も楽しめる作品だ。

 五〇〇ページ以上の大著なのだが、圧倒的に面白く、引き込まれるように通読できてしまう。著者はアメリカ出身のノンフィクション作家で、医学の専門家ではない。それが理由なのか、人体を終始「意外な角度」から観察していて、その構造、機能について語る際に用いる表現もユニークである。

『黒衣の外科医たち 恐ろしくも驚異的な手術の歴史』(アーノルド・ファン・デ・ラール著、福井久美子訳、鈴木晃仁監訳、晶文社、二〇二二)

「黒衣」とは、本書でも紹介した通り、かつてヨーロッパの外科医たちが手術時に羽織ったフロックコートのことだ。麻酔も消毒もない時代、外科医は素手で手術を行い、絶えず無防備に返り血を浴びていた。着ていたコートは血液で固まり、自立するほどだったという。今からは想像すらできない手術の歴史を、思う存分堪能できるのがこの本だ。

 リスターやビルロート、コッヘル、ハルステッドなど、外科学の歴史に必ず登場する有名な外科医はもちろんのこと、あまり知られていない外科医も多く登場し、その成功や失敗を知れるのが興味深い。本書で外科学の歴史に関心を持った方は、この本でさらに「生々しいリアル」を体感してほしいと思う。

『世にも危険な医療の世界史』(リディア・ケイン、ネイト・ピーダーセン著、福井久美子訳、文藝春秋、二〇一九)

 水銀やヒ素などが治療薬として広く用いられたり、本書でも紹介したコカインやラジウム、アヘンなどが嗜好品として好まれたりと、今では決してありえない世界が、ほんの少し前までは当たり前のように存在した。「世にも危険な医療」というタイトルにもある通り、およそ「医療」とは言えないような、安全性も倫理性も欠いた治療が、実際に患者に施されていたという事実には背筋が寒くなる思いである。

 この本は、現代では「トンデモ医療」と言わざるを得ないかつての医療行為を、全二七種類紹介している。ミステリーのごとく楽しく読めるものの、実際にはすべて実話であり、「生まれる時代が違えば……」とリアルな恐怖を感じてしまう。ある意味で、人間の愚かさを思い知る一冊だ。

『朽ちていった命 被曝治療83日間の記録』(NHK「東海村臨界事故」取材班著、新潮文庫、二〇〇六)

 一九九九年九月に起きた、茨城県東海村での臨界事故について取材したノンフィクションである。本書の第5章でもこの事故を紹介し、放射線が人体に与える影響について解説した。一方この本は、患者の治療に当たった医療者たちにスポットを当てている。

 一〇シーベルトの放射線を浴びた場合、死亡率はほぼ一〇〇パーセントとされる。ところが、この事故で最も重症だった作業員の被曝量は、約二〇シーベルト。世界的にも前例がなく、効果的な治療法も明らかでない。もはや絶望的な状況で、何とか命を繋ごうと全力を尽くした医療スタッフらの思い、葛藤は筆舌に尽くしがたい。

 この本で語られるのは、胸をえぐられるほど辛く悲惨な現実だ。幸運にも生に恵まれた私たちにできるのは、歯を食いしばり、刮目して、この事故の真実と向き合うことだろう。

『ナイチンゲール伝 図説 看護覚え書とともに』(茨木保著、医学書院、二〇一四)

 ナイチンゲールの伝記や漫画はたいてい、彼女の献身的で慈愛に満ちた側面を描いたものが多い。確かに「クリミアの天使」の愛称はよく知られているが、実際には、「天使」という言葉から想像される優しさや温かさだけが彼女の代名詞とは言い難い。

 実際のナイチンゲールは、相手が目上でも物怖じせず、誤りは歯に衣着せぬ言葉で批判し、現状の改善を目指して突き進む、凄まじい行動力の持ち主だ。

 科学的にも厳格だった彼女の理論の数々は、今の医療にも通用する極めて重要なものである。こうしたナイチンゲールの素顔を、医師である著者が漫画で描き出したのが、この『ナイチンゲール伝』である。前半はナイチンゲールの伝記であるが、後半は、現代の看護教育でも今なおバイブルとして扱われる「看護覚え書」の漫画版である。

 歴史に残る名著の中でナイチンゲールが語る看護論やマネジメント論は、医療者でなくとも一読に値するだろう。

『Newton大図鑑シリーズ くすり大図鑑』(掛谷秀昭監修、ニュートンプレス、二〇二一)

 本書の第2章では、世界的に広く使われる薬の作用や発明の歴史、実用化に尽力した医師や科学者たちについて紹介した。これを読んで薬に興味を持った人にお勧めしたいのが、この『くすり大図鑑』である。この本は「大図鑑」という名にふさわしく、美しい写真やイラストとともに数々の薬が紹介され、ワクワクしながら読み進めることができる。

 例えば本書でも紹介した、毒から糖尿病の新薬が開発されたアメリカドクトカゲのリアルなイラストも掲載されている。文字だけで読む以上の楽しさを味わえるのが図鑑の魅力だ。

『新薬に挑んだ日本人科学者たち 世界の患者を救った創薬の物語』(塚﨑朝子著、講談社ブルーバックス、二〇一三)

 世界に誇る新薬を開発した日本人研究者たちにスポットを当て、一般にはあまり知られていない開発の舞台裏を描いた作品である。

 脂質異常症の治療薬スタチンや、消化性潰瘍治療薬のファモチジン(ガスター)が日本で生まれた経緯は本書でも紹介したが、その他にも、痛風の薬、心不全の薬、アルツハイマーの薬、免疫抑制薬など、日本の科学者によって開発された新薬は多くあり、そのどれもが今の医療現場でなくてはならない薬になっている。

 新薬開発にまつわる研究者たちの苦労、数々の失敗と、薄氷を踏むように成し遂げた勝利には、誰もが勇気づけられるだろう。

『キリンのひづめ、ヒトの指 比べてわかる生き物の進化』(郡司芽久著、NHK出版、二〇二二)

「キリン博士」として知られる著者は、動物園で亡くなったキリンの遺体を解剖し、キリンの進化について研究する解剖学者である。この本では、キリンをはじめ、さまざまな動物と人間の器官が比較され、その解剖学的な構造や機能が紹介されている。

 対象は、肺、心臓、皮膚、消化器官など全身に及び、その一つ一つに目を見張るような驚き、新たな発見への心地良さがある。人間以外の動物について知ることは、「人間について知ること」と表裏一体だ。他者との比較によってこそ、自分自身を知ることができる。

 この本を読むと、人間の臓器について学ぶだけでは人間を深く知ることはできない、という真実に気付かされるのだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)』(アンディ・ウィアー著、小野田和子訳、早川書房、二〇二一)

 最後は毛色を変えてSF小説を紹介する。著者は、デビュー作『火星の人』(ハヤカワ文庫)が『オデッセイ』のタイトルで映画化されたことでも有名な、本格SF作家である。著者の三作目の長編となる『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、最初から最後まで知的好奇心を刺激される、抜群に面白い作品だ。

 その本格的な「科学」の語り口には、誰もが圧倒されるだろうと思う。では、なぜ私がここでSF小説を紹介したか。残念ながらこの小説は完全な「ネタバレ厳禁系」であり、その理由は一言も明かせない。だが、読めばきっと、私がこの小説を紹介した理由がわかるだろう。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学から抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com