「今年はどんな年になるだろうか?」という予想を、当たるも八卦、当たらぬも八卦で毎年書いている。

 去年の予想では、「ロシアによるウクライナ侵攻は膠着(こうちゃく)状態に陥る」「中国の不動産バブル崩壊が顕在化する」「日本はインフレに転じたが、それにともなう賃金の上昇はなく、実質賃金はマイナスのままでさらに“貧乏くさい”国になる」と書いた(日本の実質賃金は2023年10月時点で19カ月連続で減りつづけている)。

 これらの予想はどれも当たったが、未来を見通す特殊な能力をもっていると自慢するつもりはない。私はただ、「いま起きていることが1年後も続いているだろう」と述べただけだからだ。社会や経済には強い粘性があるので、大きな変化が突然起こることはめったにない。

【2024年はどんな年になるだろうか?】イスラエルとハマスの紛争は長き引き、アメリカは大統領選の結果に関わらず、ぎすぎすした社会の分裂が続く。人手不足が深刻化する日本では、企業の新陳代謝と効率化が起きるイラスト:enjoysphoto / PIXTA(ピクスタ)

イスラエルとパレスチナの紛争は、このままの状態で何年も続くことになるだろう

 2023年で(ほぼ)誰も予想できなかったことは、イスラーム原理主義の武装組織ハマスによる大規模テロと、イスラエルのガザ地区への容赦ない掃討作戦だろう。

 22年12月、極右・宗教政党との連立でイスラエル史上「最も右寄り」とされるネタニヤフ政権が成立した。ネタニヤフはパレスチナ問題解決の最大の障害になっているヨルダン川西岸への入植を進めると同時に、アラブの「盟主」サウジアラビアとの国交正常化を目指した。既成事実を積み上げることで、国際社会をパレスチナ問題に無関心にさせるのがこの戦略の狙いだろう。

 これに対して、自分たちの存在理由がなくなると追い詰められたハマスが大規模なテロを敢行した。それを可能にしたのが巨額のオイルマネーで、とりわけロシアへの経済制裁で原油価格が高騰したことで、アラブ諸国の使い切れない富がさらに増えている。こうした超富裕層のなかに、その富をイスラームの大義のために使おうと考える者がいたとしても不思議はない。

 一昨年の予想で「イーロン・マスクのような超富裕層の“奇矯な”行動が社会に大きな影響を与える」と書いた。この予想はTwitterの買収として現実となったが、そのときはシリコンバレーのテクノ・リバタリアンを想定していた。だが小国のGDP(国内総生産)に匹敵する富をもつ者はほかにもおり、彼ら(その大半は男性)によって世界が振り回されることがこれからも続くのではないだろうか。

 イスラエルとパレスチナの紛争は、ロシア・ウクライナ戦争と同じく、いったん問題が顕在化した以上は(残念ながら)このままの状態で何年も続くことになるだろう。ネタニヤフはテロを事前に察知できず、多くの犠牲者を出したことで強い批判にさらされているが、だからといってイスラエル(ユダヤ系)の世論が和平を求めているわけではない。ガザでの苛烈な作戦は、イスラエル市民の強い支持のもとで、「民主的」な決定として行なわれているのだ。

 進化心理学者や進化生物学者はこれまで、ヒトは「俺たち」と「奴ら」を瞬時に区別し、内集団(仲間)と親密になる一方で、外集団のことはほとんど気にせず、ときにとてつもなく残酷になるように進化したと述べてきた(リチャード・ランガム『善と悪のパラドックス ヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史』依田卓巳訳、NTT出版)。この陰鬱(いんうつ)な主張は、人間の善性を否定しているとして強い批判にさらされてきたが、どちらの人間観が正しいかの強力な「エビデンス」をわたしたちは日々目にしている。

 イスラエルは、自分たちを心の底から憎んでいる“隣人”と共生するというきわめて困難な課題を負わされた(あるいは、「建国」によって自らこの課題を負った)特殊な国だ。どのような社会も、自分や家族(とりわけ子どもたち)がテロリストによっていつ無残に殺されるかわからないというリスクを受け入れることなどできない。

 ゆたかでリベラルな社会は「自分らしく生きる」ことを至上の価値とするが、その前提には「安全」がある。それが脅かされたときには、民族や文化・宗教、政治イデオロギーにかかわらず、「奴ら」の側の女性や子ども、幼児のことはどうでもよくなるのだ。

 とはいえこれは、イスラエル(だけ)を批判するものではない。ハマスもまた、ユダヤ人を「奴ら」として、幼児や子どもを含む多くの市民を虐殺し、それを「成果」として誇っている(ヨルダン川西岸でのハマスへの支持はテロによって大きく上昇したという)。

 レバノンにいるハマス幹部は、大規模テロがガザの悲劇を引き起こしたのではないかという日本人記者の質問に対して、「(ガザの)死者2万人という代償は問題ではありません。これまで(イスラエルによって)行われてきた虐殺や殺害、処刑による犠牲の方がはるかに大きいからです。パレスチナ人の権利が失われることがないと世界に示すために、ハマスはこの行動を起こしたのです」とテロを正当化した(「ハマス幹部、人質解放について『年内に合意できる可能性も』」TBS NEWS DIG2023年12月20日)。