注射器を持った医師写真はイメージです Photo:PIXTA

日本では、薬の投与で死に至る安楽死や本人の意思を尊重して延命治療を中断する尊厳死について認められていない。法的に「死ぬ権利」が認められている欧米諸国では一体、どのようなことが問題になっているのだろうか。本稿は児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』(ちくま新書)の一部を抜粋・編集したものです。

アメリカの安楽死合法化推進団体が
大キャンペーンを張る「VSED」とは?

 臨死期に至りすでに身体が受け付けなくなった患者では、栄養と水分の補給を減らしたり中止したりして患者の苦痛を軽減することがある。緩和ケアの手法のひとつとして広く知られているが、この緩和ケアのテクニックが医師幇助自殺の対象者要件を満たさない人たちに自殺の代替手段として利用されている。自分の意思で飲食を断って死を選ぶ、自発的飲食停止(VSED : Voluntarily Stopping Eating and Drinking)である。

 私がVSEDについて知ったのは2008年。米国でFEN(Final Exit Network)という安楽死合法化ロビー団体の関係者が複数の人に自殺幇助を行ったとして多数の逮捕者が出た事件がきっかけだった。FENは当時ホームページで認知症の人たちに向けて、まだ可能な軽症のうちに自発的に飲食をやめて自殺する方法を推奨していた。仰天し、ブログでVSEDについて追いかけてきた。

 現在、米国でVSED推進キャンペーンの中心になっているのは、安楽死合法化推進ロビー「コンパッション&チョイシズ」(C&C)。すべての州で医師幇助自殺を合法化することを目的に活動し、資金も政治力も豊富な団体だ。日頃から合法化に向けた啓発活動を行うほか、当事者や医療関係者とともに訴訟を起こしては多くの州で合法化や要件の緩和を実現させてきた。

 このC&Cが「自分の意思だけで実行することができるので、終末期の人でなくても病気ですらない人でも合法的に自殺することができる。周りの人を犯罪者にする懸念もない」として、医師幇助自殺が合法化された州でも要件を満たさない人や、合法化されていない州の人に対して、VSEDを医師幇助自殺の代替自殺方法として喧伝している。C&Cの職員の中にはニューヨーク州で100人以上のVSEDを手伝ったという70歳(2014年報道時)の元看護師もいる。

 とはいえ、飲食を断つことで死に至るには口腔の渇きや体の痛み、せん妄など多くの苦痛を伴い、期間も約2週間かかるため、完遂することは極めて難しい。そこで最近は、VSEDを希望する人の苦痛緩和を引き受ける緩和ケア医や家庭医が登場している。まさに「医師幇助自殺」の別形態だ。しかも、そのまま死に至ることが出来なくても、緩和ケアを受けながらVSEDで衰弱すると、やがて余命6カ月以内という医師幇助自殺の要件を満たす段階に至るので、そこで合法的に致死薬の処方を要請することができる。