全米で話題沸騰中の21の睡眠メソッドを集約した、『SLEEP 最高の脳と身体をつくる睡眠の技術』。本連載では同書の中心的なメソッドを紹介していきます。食事、ベッド、寝る姿勢、パジャマ――。どんな疲れも超回復し、脳のパフォーマンスを最大化する「睡眠の技術」に注目です!(初出:2017年4月20日)

運動による負荷は必要なストレス

正しいやり方で行う運動は、目に見えない若さの源泉だとよく言われる。実際、筋肉は抗老化作用のあるホルモンの貯蔵庫だ。この種のホルモンは、DNAの酸化を防ぐ役割を果たす。それに、引き締まった筋肉の持ち主のほうが若さを長く保てるという。

では、運動は睡眠にどのように関係するのか? この二つは切り離せない存在だ。実は、ジムで運動しているあいだに身体が引き締まることはない。運動は、文字どおり身体を引き裂く行為で、筋肉繊維に膨大な数の小さな亀裂が入る。実際、ジムを出たときの身体の状態は、運動前に比べて低下している。

みっちり運動した後に血液の働きやホルモンの様子を見れば、ストレスホルモンの数は増え、炎症を表す数値は上昇し、血糖値の数値も正常から少しはずれているだろう。だからといって、どこかが「悪い」わけではない。たっぷり運動した直後はそうなるもので、回復するときになれば身体にたくさんのメリットが生まれる

実は、運動による身体の変化は眠っているあいだに起こる。眠っているときに、身体のためになるホルモンが大量に分泌され、以前よりも強い身体にするための修復プログラムが発動するのだ。運動では、健康にとって重要なストレス要因が生じるだけにすぎない。その見返りを完全に得るためには、しっかりと休息をとって身体を回復させる必要がある。

夜の運動は身体回復のサイクルを阻害する

ノースカロライナ州ブーンにあるアパラチア州立大学の調査から、最高の睡眠を得るには午前に運動するのが理想的だということが明らかになった。彼らは、被験者を午前7時、午後1時、午後7時に運動する三つのグループに分けて睡眠パターンを調べた。

すると、午前7時に運動したグループの睡眠時間がいちばん長く、眠りも深かった。実際、身体の回復にあてられる「深いノンレム睡眠」の段階は、最大で75パーセント多かったという。何と素晴らしいことだろう。健康で長生きしたい人にとっては、最高に嬉しい知らせだ。

とはいえ、つらいトレーニングの後のほうが寝つきが早いと信じている人は、少し納得がいかないかもしれない。夜に運動すると、体深部の体温が大幅に上昇するという問題がある。一度上がった体温は、再び下がるまでに4~6時間かかる。

私たちの身体は体温調節という過程を通じて睡眠に最適な体温まで下げる。それなのに、寝る間際に運動して体深部の体温を上げれば、最高の睡眠は得られない。ただし、多少の遅れなら心配ない。運動後に体深部の体温が下がれば、実際には通常の体温よりさらに少し低くなる。午後になってからでも、体温が下がるまでの時間を考慮して運動すれば、最高の睡眠は手にできる。

体温調節の面からすれば、夕方あたりに運動すればいい。たとえば、午後4時30分に運動すれば、午後10時に心地よく眠りにつける。その頃にはもう、運動によって分泌されたストレスホルモンはおとなしくなり、休息や消化をつかさどる副交感神経系が体内の舵を握っているので、体深部の温度は眠いと感じるくらいまで下がっている。

運動する時間帯をこれから決める人は、睡眠のことを考えれば午前中がベストだ。遅くなりすぎなければ夕方でもそれなりの効果は期待できるが、とっぷり日が暮れてからではまったく睡眠に効果はないと思ったほうがいい。運動で身体を動かすことは時間帯に関係なく大事だが、運動するメリットを最大にするには、ホルモンのサイクルを正常に保たないといけない。

世界に通用するアスリートは、睡眠をトレーニングの一環だととらえている。これはちっとも不思議なことではない。バスケットボールのレブロン・ジェームズ、テニスのロジャー・フェデラー、ゴルフのミシェル・ウィーは、毎晩必ず10時間は寝る。
テニスのヴィーナス・ウィリアムズ、アルペンスキーのリンゼイ・ボン、陸上のウサイン・ボルトは、睡眠が8時間を切る日はほとんどない。睡眠と疲労を管理するツールを提供するファティーグ・サイエンス社は、世界トップクラスのアスリートたちの声をブログで紹介している。

人類史上最速の男として知られるウサイン・ボルトの声は次のようなものだ。「睡眠はこの上なく重要だ。トレーニングを身体に吸収させるためには、身体を休めて回復させる必要がある」
この言葉には、トレーニングをするだけでは身体は変わらないということがはっきりと表れている。身体の変化は睡眠の質に左右されるのだ。

運動能力に睡眠がもたらすメリットについては、スタンフォード大学の研究チームが実際に調査している。バスケットボールの大学代表チームの選手を被験者として調査したところ、思いがけない結果が明らかになった。被験者の睡眠時間を平均8時間半まで増やしたところで、睡眠障害の認定専門医であるマイケル・J・ブレウスは次のようなデータを示した。

・被験者の走りが格段に速くなった。ダッシュの時間が1秒近く縮まった
・シュートの精度が大幅に改善した。フリースローと3ポイントシュートの入る確率が9パーセント上がった
・疲労感が減り、日中に眠気を感じることも減った(そして反応が速くなった)
・気分と身体的な機能全般が改善されたという意見があがった(試合、練習を問わず)

最高のパフォーマンスを見せたいなら、ぐっすり眠ることが絶対に必要なのだ。自分でそうすると決めて時間を賢くやりくりすれば、誰もが必ずその恩恵にあずかれる。睡眠は、時間が多ければいいというものではない。