仕事でミスしたり成果を上げられないときに、給料を下げられたり降格させられたりする「減点主義的な処遇」をしている企業は多い。この「脅しの経営」が生み出す由々しき事態と弊害とは――。本稿は、渋谷和宏『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
終身雇用の崩壊によって
転職が当たり前の時代に
終身雇用の崩壊は、社員の意識と行動を変えました。「定年退職までこの会社で働く」と考える社員は少数派となり、転職が当たり前になりました。
総務省の「労働力調査」によれば、バブル景気が始まった1985年の転職者数は159万人でした。これが金融危機を経た2000年には305万人とほぼ倍増し、コロナ禍で企業が採用を控えた2021年も290万人に達しています。転職希望者になると増加幅はいっそう拡大しており、1985年の366万人が2000年には643万人に、2021年には889万人に増えています。
転職サイト・リクナビが2019年に実施したアンケート(*注1)はこのような社員の意識と行動の変化を如実に示しています。アンケートでは「転職活動をしたことはありますか?」という質問に対して「転職活動をして、実際に転職した」と回答した人は52.6%と半数以上を占めました。さらに「転職活動をした(転職しようと実際に企業に応募はした)が、転職はしていない」(12.4%)と合わせると65%の人が転職活動を経験しています。
年代別に見ると、50代では転職活動を行った人が54.1%だったのに対して、40代では80.8%に達しました。社会人経験が浅い20代、30代でもそれぞれ60.7%、64.1%に上ります。
終身雇用の崩壊によって、企業は依存する場所ではなくなりました。社員にとって企業は、将来の転職を想定して専門能力や技術を磨き、人脈を広げる場所、すなわち転職市場での「自分の価値(マーケタビリティー)」を高めるための場所になったと言ってもいいでしょう。
しかし会社の都合で異動や転勤、職種替え、出向を命じられる「メンバーシップ型雇用」では社員は必ずしも望むように専門能力や技術を磨けるとは限りません。
いつか人員削減の対象になってしまうかもしれないという不安を抱え、時に望まない仕事を強いられる。しかも転職市場での価値を高めることもままならない──そんな三方塞がりの状況では、社員のやる気が失われても不思議ではありません。